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その2

早起きをして、明けゆく空を眺めながら、のんびり露天風呂に入ろうと思っていた。
阿蘇の朝の空気はどんなでしょ。お風呂の中で思い切り吸い込んで、のびーっとするんだ・・・

だけど、朝起きたら、朝風呂の自信がない。昨晩、ちょっと調子悪かった。やっと治った風邪が怖い。お風呂はやめたほうが良さそう。
朝ごはんを食べながら考えた。阿蘇神社に行くバスまでの時間を、ただ部屋で潰すなら、いっそ、早いバスで行ってしまったらどうだろう。
そしたら、慌ただしく参拝して、お水を汲んで、熊本に行きのバスに間に合わせようと、時計と睨めっこしながらせっせと歩かなくて済む。のんびり散策して、カフェでお茶くらい飲めるかも知れない。
同じぼんやり過ごすなら、ホテルの部屋より、神社の境内の方がいいよね。
バスの時間を調べる。
7時40分のバスがあった。8時ちょっと過ぎに着いてしまう。早すぎるかなぁ。早すぎることはない、遅すぎるバスよりも??
まだ7時前。30分あれば支度は出来るわ。そうしよう。

バスの乗客は、また私一人だ。途中で高校生らしき女子が乗って、駅前で降りた。
敢えて阿蘇神社まで乗らず、手前の宮地駅で降りることにした。時間が余るから、どんな駅なのか見て、そこから歩こう。
コインロッカーがあったので、荷物を入れる。

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実は大荷物だったのです。孫達リクエストの「東京バナナ」を二種類、空港で買って持ち歩いていた。夕食のための着替えと、明日の分と、念のためのセーターと。
草千里では、キャリーバック引っ張っていたら、車輪で馬の糞を踏みそうになった^^;
バッグ一つの身軽になって、サー、出発。
迷うといけないので、わかりやすい県道?を歩く。ただ、どんどん真っ直ぐ歩く。そろそろかな?不安になったところで左に曲がったら、駐車場のような所に出た。インフォメーションセンターがある。

正直、これが阿蘇神社!という感慨は、あまりなかった。
地震で潰れたという楼門も、すでに解体されているのでしょうか。あたりは立ち入り禁止になっている。
シートで覆われ、工事が進んでいるのは?・・・その様子を写真に納めたとて、うまくいえないけど・・・何を報告するというのでしょう。

仮拝殿で参拝をし、おみくじを。今時は、どの神社でも、趣向を凝らしたいろんな「おみくじ」があるけれど、私は100円のごく普通の。200円のしか置いていない神社では、やめる^^;
去年行った藤の花で有名な神社では、藤の種をいれた「おみくじ」があるというので、楽しみにしていたけど、1000円もするので、やめた^^;
おみくじ、好きなんだ。信じるとか信じないとかでなく、その時の指針にする。案外ほんとにそうだ、と思われること書いてあるんだよね。たまには自省しないと。

湧き水が、とっても美味しかったんです。友人の言うとおり。昨日のバスの運転手さんの言ったとおり。
空のペットボトルを二本用意してきたので、詰める。
門前町商店街は、9時からだと書いてあった。行ってみよう。珍しい横参道というけれど、私の印象では、奥という感じ。参道というと、まっすぐ神社に向かう道、という思い込みがあるから。

「水基(すいき)巡り」というのもあるのだそう。あちこちのお店の脇に、思い思いの名前をつけた水飲み場がある。水基によって、味が違うのかなぁ。風情もあるし、可愛い。飲み比べもいいかもね。
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買いたかった和菓子もあったのだけど、探して行ったら、お店締まっていた。平日の朝、訪れる観光客も、少ないのですよね。だいたい、私の行動パターンが、人とずれているのかも。
お店は開いていても、まだ火が入っていない感じだったり。後で訪れたお菓子屋さんでは、開店時間を遅らせているお店もあると言っていた。
女学校跡、名前もわからない小さな神社、湧き水をパワースポットと呼ぶのは、どうなんでしょ。あちこち、「水を片手に散歩する」(泉谷さんの歌は、何を片手に?)
震災から一年目の春、この門前町商店街でお花見を催した時の写真。満開の桜と人々の笑顔と・・・大きな大きなポスターが貼ってあった
来年の桜も見事に咲きますよう。

「たのシュー」という有名らしいシュークリームの店が、美味しそうな香りを漂わせていた。入ってみると、イートインのスペースがある。お勧めのウインナーコーヒーと出来たてのシュークリームを注文する。
「クリームが溢れやすいので気をつけて」紙にくるまれ、手渡されて小さなシュークリーム。130円。あら!美味しい。皮が柔らかく、上にサクッとした粉がかかっていて、クリームが何とも言えない。ペロッと食べて、すみません、もう一つ下さい。
地元なのか、買いに来ている人がいた。私も娘達に買って行きたいな。喜ぶだろうな。無理よねー。代わりに、日持ちのしそうなお菓子を包んでもらう。

もう一度神社に戻り、飲んで減った分だけ、水を足す。
門前町にも、あちこち水があるみたいですね。私がそう言ったら、昨日のバスの運転者さんは、何もそこで汲まなくても、せっかく神社まで行くんだから、神社の湧き水にしたらいい、と言ったっけ^^

インフォメーションセンターの近くにいたおじさんに、念のため宮地駅までの道を聞いたら、私が来た道を教えてくれた。知らないふりして、お礼を言う。
「けど、2,30分はかかるよ」あんたのその足じゃ、と言いたげ。そんなにかからないわさ。来たんだから。健脚ではないけれど、私がせっかちなの、知らないなー。
結局、車ブンブンの風情のない道を歩いて駅に戻る。
コインロッカーから荷物を出す。水を二本と、買ってしまったお菓子、荷物が増えた!

熊本に行く「やまびこ号」のバス停は、駅前でなく、大きな通りのソフトバンクの前あたりだというのを確かめていたから、余裕です。私もやるじゃん、今日午前の行程に満足していたら、あ!スマホの充電器、ホテルに忘れてる!
荷物を探るまでもなく、はっきり、「私は入れていない」と確信する。こういうの、確信というんだろうか・・・T_T
真後ろのソフトバンクに飛び込む。3890円と4千いくら?勿体無い、家に帰れば、息子が沢山持っている。どこか安いので間に合わせよう・・・「正規品じゃないと、ちゃんと充電できないことありますよ」お店の人はそう言うけれど。
スマホはひとまず低電力モードにしておこう。

少し遅れてバスが来る。なんとなく、空港から阿蘇を経て熊本という感じがしてしまうけど、空港から右左なんですよね。空港までの道をバスが戻っていると、帰るみたいで、「さよなら」 また阿蘇にくることあるかなぁ、と、少ししんみり。

熊本市内は、さすがに都会です。
「水前寺公園前」で降りて、水前寺成趣園に行くつもりだったけれど、行き交う車を見ていたら、バス通りを渡って行く元気がなくなる。朝、張り切りすぎたかな。スマホの充電も気になるし。そっちをどうにかしよう。こういう時は、たぶん、駅まで行くより、通りで降りた方が用が済む。
水前寺公園には、また来る機会もあるかもしれない。パスして、「通町筋」で降りることにする。
バスを降りると、右と左に商店街、目の前は熊本城?クレーン車の先っぽが見える・・・その前に、この荷物を持ったままお昼ご飯は、どうもね。困ったときの百貨店。「鶴屋」に飛び込む。熊本の老舗デパートだ。
「コインロッカーなんてないですよね?」「あるんですよ。」にっこり笑って、案内のお姉さんが場所教えてくれた。通りに面して100円のコインロッカーが並ぶのが、とっても親切なような気がする。

右手の「上通」は、あとで行く。左手の「下通」に行ってみる。ダイソーがあった。コード100円と充電器200円を買う。合うかわからないけど、iPhoneにも使えると書いていあるから、たぶん。ひとまずこれで。

上通のアーケードが切れた先、シャワー通りというらしい。3年くらい前に読んだ絲山秋子の小説「離陸」に出てきた。アーケードの屋根が切れているから雨が降ると、濡れる、だからシャワー通り。
その「離陸」は、場面場面がとっても好きだった。ストーリーは、疑問なところもあるけどね。小説の中で、熊本は、どうして出てきたのだっけ?その時から、「シャワー通り」が気になっていた。
きっと、通りって、その名前で呼ばれた時から、それになる。センスある名前が付くと、センスある通りになる。素敵だよね。「シャワー通り」


熊本に行こうと思った理由の一つ、紅蘭亭の「太平燕(ターピーエン)」が、今日のお昼だ。楽しみにしていた。
混み合うというから、昼のピーク時を避けて、もう少し後、と思ったけれど、1時少し前、大丈夫でしょう。待つのは、昨日バス停で散々待ったから慣れた^^;
下通の本店は、改装でお休み。上通店に行く。すぐにわかった。お店の名でわかったのでなく、大きな「太平燕」の旗が目に飛び込んできたから。
一歩入ると、グリーンの椅子とテーブルが置かれたガーデンスペース。リゾート地みたいだ。奥にある店は、やっぱりお客さん、多そう。椅子が並べられ、何人か座って順番を待っている。
紙に名前と人数を書く。よくあるあれだ。「店内」「ガーデン」「どちらでもいい」に丸をするようになっている。私は「どちらでもいい」に丸をした。お店の様子も見たいけど、外のガーデンで食べるのも気持ちよさそうだったもの。
それほど待つこともなく、名前を呼ばれた。

店内に入る。あちらのソファの席にどうぞ。込み合っているからといって詰め込んだりせず、ゆっくり座らせてくれる。黒いチャイナドレスの女性が、ポットに入った烏龍茶を持ってきてくれた。湯呑がほんのり暖かい。
「太平燕」と、食後に「杏仁豆腐」を注文して、店内を見渡す。家族連れ、お年寄り、私のような一人客、友人同士、くつろいだ雰囲気で食事をしている。この雰囲気は、どこが違うんだろ。ファミレスのようにワサワサしてなくて、高級店のように取り澄ましてもない。
メニューからして、ごく普通の中華料理だ。奇をてらったところのない、流行に乗った押し付けがましさもなく、こういう料理で賑わっているって、羨ましいな、と、親戚に飲食店を経営する人が多かった私は感心する。
お客さんの服装が違う。特別なお洒落をしている、という感じではないけれど、普段着でさっと来た、という感じでもないの。
「今日は紅蘭亭でお昼にしましょう」前の席、おじいさんおばあさんを交えた家族連れを見ていたら、そんなふうに出かけて来る場面が浮かんだ。

「太平燕」が運ばれてくる。
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簡単に言うと、タンメンの麺を春雨にした感じ。(今は、塩味でたっぷり野菜の入った「タンメン」て、あまりないよね)

スープを一口飲む。野菜は煮込まれているけど、シャキっとしている。麺は細めの緑豆春雨だ。この緑豆春雨がいいのよね。トロンとした春雨は、私に言わせると「春雨じゃない!」

父が言っていた。スープは一口飲んで「美味しい!」と感じるのはダメなんだ、って。
飲んでいって、飲み終わって、「ああ、美味しかった」というのが良いんだ、って。

確かに、最初と最後では、温度も違う。味が変わってくる。
そこまでわかって、最初の一口で「美味しい!」と言える人は、ほんとに味のわかった人なんだろうけど。

私は、正直、最初、少し物足りないかな、と思った。
定食にして、他の料理も一緒に取っていたら、また違っていただろうけど。春雨そのものには味がないからね。
でも、食べて行くうち、このスープが普通の塩味スープでないことがわかってくる。いろんな味が溶け込んでいる。最後の一口、「あぁ、美味しかったぁ」
食べている時より、後で懐かしくなって、また食べたいと思う味。

食べ終わる頃、「デザートお持ちしてよろしいですか」聞きに来てくれた。

「紅蘭亭」の杏仁豆腐は、どんなのでしょう。
小さな菱形に切って、器に入れ、スープ(シロップ)がかかっている。懐かしく、オーソドックス^^

今は、杏仁豆腐も人気らしく、いろいろなものがある。先日も
「全国杏仁豆腐ベスト10」という特集を新聞で読んだ。でも、私の杏仁豆腐は、容器のままスプーンですくって食べるものでなく、羊羹のように切って食べるものでなく、豪華にいろんなフルーツが乗ったものではない。強いて言うなら、中華バイキングに出てくるようなの・・・でも、あんなに甘ったるくない、固くない。食べたあと、口の中の油が洗い流される感じにさっぱりするんだよ。
私は40年以上前のレシピ(古っ!)で作る。でも、そのレシピは、人に勧めても、「たくさん出来て困っちゃった」と言われても、「美味しかった」と言われたことはないのT_T

「紅蘭亭」のは、汁が少し甘く、寒天はほどよい甘さ。そう、その二つの甘味のちょっとの差が美味しいんだ。
寒天と書いたけど、この歯触りは、普通の寒天ではないね。すこーしモチッとしている。赤いクコの実が少々。
シンプルで上品だった。さすが、でした。ごちそうさま。

「SWISS」で、私用に「リキュールマロン」一つ!と、娘達に「三年坂マドレーヌ」を買うのを楽しみにしていたのだけど、来る時見たら、改装中だったT_T
代わりに、レジで、月餅を、私用に買った。

なぜ、「太平燕」というのか。
答えが、お店を出たところに貼ってあったポスターにあった。

   すべての旅人へ

太平嚥はおだやかな海のような味わい
故郷を離れるひとにツバメのように
_いつかもどってこい_というという気持ちを込めて
ともに食するものだという。
こころのありか、それがふるさと
あなたのもとへ、あの人のところへ
あの場所へいつでもそこにもどれるよう。
家路をたどる細いかすかな糸
その向こうにけして消えないともしびがある
リーチングホーム。

行く機会がありましたら、そのポスター、じっくり眺めて見てください。


教えて頂いた話

|SWISSは熊本のトップ洋菓子店で、画家の葉祥明さんの実家です。
|葉さんの実家はもともと中国から帰化した一族で、現在は葉山姓を名乗っています。
|この葉山一族が紅蘭亭という中華屋さんを営んでいて、名物のタイピーエンはJALの機内食に採用されたりもしています。

|現在のオーナー(葉祥明さんの兄弟)のお父さんがSWISSを創業して、おじいさんが紅蘭亭を創業したと記憶しています。
|現在は一族で地元熊本を活性化させるための取り組みを熱心にされています。

このお話をうかがった時から、紅蘭亭で太平嚥、食べてみたいと思うようになったのです。

葉祥明さん。青い空と白い雲、緑の草原と自転車、というと、あ、あの絵?と思い浮かべる方も多いでしょう。
拓郎と同い年みたいです。そのおじいさんというと・・・
遠く、中国から見知らぬ国に渡り 熊本の地に根付き、地元の名士として活躍されながらも ふと思う 忘れえぬ祖国。
震災でふるさとに帰れない人も ツバメに託す思い

嚥は、口偏に燕で、飲み込む、という動詞だよ、と突っ込まないでT_T

福岡と熊本に行く

半年以上も前から、今は九州に住む娘に、11月の留守番を頼まれていた。なんてない、夫婦でコンサートに行くから、子供たちをお願い、というだけの話。
お安い御用。今回は、ついでにちょっと、足を伸ばしてみようかな。息子にもらった旅行券の余りが少しある、それで温泉にでも泊まろう・・・

この話を、町内会の集まりで口にしたら、予想外の反応が返ってきた。そんなことで親を呼ぶの?そういう時の交通費は出してもらえるの?・・・しまった!私は、あの中では、普通じゃいないこと忘れてた!T_T

私には夫と二人で行く拓郎のコンサートが、何よりの楽しみだった。その時だけは、昔の二人に戻れる。好きだった頃の二人がいる。
拓郎に会えるのがうれしいのか、久しぶりの二人の時がうれしいのか・・・
だから、娘が二人でコンサートに行くというと、応援したくなる。

知っている人、頼れる人のいない土地に来て、3人の子供を育て、家事をする大変さ、私なりにわかっているつもりだもの。たまには、留守の心配なく、安心して出かけたいよね。
それに・・・私を呼んだのは、たぶん、娘の優しさ。「来て」と頼まれれば、大手を振って出てこられる。孫に会える。呼ぶのも親切、そう思ってくれたのでしょう。
ついでに、ちょっと旅行しようと思って・・・「あら!いいね」 当然、娘はそう言ってくれる。一泊の予定が二泊になろうと、「こっちは間に合えばいいから、ゆっくりしてきて」
というわけで、「熊本にも行きます旅行」です。

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以前、知人から阿蘇の牧場の牛乳や、ヨーグルト、アイスクリームを頂いたことがある。写真で見た、あの広い広い阿蘇の高原が浮かぶ。そういう写真では、必ず、放牧された牛や馬がいるんだよね。
美味しいのは勿論だけど、その土地に思いが飛ぶ新鮮な味わいって、何なのだろう・・・。いつか、ソフトクリームを食べに行こう。のんびりと緑の牧草地で、青い空を眺めながら、格別だというソフトクリーム食べるんだ。
牧場の名前のついた牛乳瓶を洗って、カルトナージュで使う筆や刷毛差しにした・・・

思いがけず、娘一家が転勤で九州に住む事になる。
あの家は、転勤先を楽しむ一家なので、さっそく黒川温泉に行ったり、電車好きの3才の男の子を汽車に乗せに行ったり。熊本までは近いのだそう。
熊本行きが現実味を帯びてきた。春休みと夏休み、娘達が帰省する合間の、気候が良い頃・・・飛行機、宿泊、行きたい場所のピックアップ。
詳しい友人にいろいろ教えてもらう。熊本って、案外深いんだ・・・どうやって、どこから行こう。
計画するのは楽しいね。若い時、私は旅行嫌いで通っていたのにな。
そろそろ具体的に、と思い始めた頃、あの地震が起こった。

その時の衝撃をどう表現したらいいのだろう。
お城が壊れる。デパートの壁が崩れる。阿蘇の馬や牛は、行きたかった牧場は、行くつもりにしていた白川水源は・・・
熊本を愛している人の、愛する熊本の光景が崩れる・・・
私には、大変ですね、とか、一日も早い復興を、なんて言えなかった。義援金を、熊本の物産を買って応援しよう・・そういうこともしなかった。

夫は「いわき」の出身だ。
私にとって、あの震災は大きな出来事でなく、目の前の片付けなければならない一つの「点」だった。
自分勝手かも知れない。亡くなった人、身内を亡くした人、行方不明の人々、大変な被害に遭っている人もいるというのに、私は、目の前の「点」に疲れ、イライラした。夫、義妹、しばらく家で預かることになった義母・・・私には、それが、あの震災の全てだ。
了見狭いよね。優しくないよね。災害は、その人自身のものだなんて、冷たいね、私。
でも、例えば、誰が、今もあの茨城の水害を覚えているでしょう。3年前の広島の土砂災害を忘れないでいるでしょう。自分のこととして引き受け続けられる人は、滅多にいない。

熊本の時も、私は黙った。何もしないのに、「お見舞い申し上げます」なんて書けるわけないじゃん。
ひとまず、旅行の計画は消した。
行くなら、震災関係なく行こうと思った。災害地にお金を落としに行こう?落とす、って何よ。復興割り、復興の一助になるる、そいうのは、私に合わない。

今回、孫の子守に便乗して熊本に行く。


温泉はどこに泊まろう・・・
あちこち探して見たけれど、有名な温泉どころは、この時期、一人宿泊は難しい。
そりゃ、予算がたっぷりあれば、どこだって泊まれるけれど、こちらにも都合というものがある^^;
それに、車の運転をしない私には、行ける場所も限られてくる。行けるとしても、どうやって戻ればいいのか、お手あげの場所もある。

阿蘇にしようか、天草にしようか・・・。初めての熊本なら、まず、阿蘇でしょう。
空き瓶を「筆立て」にしていた、あの牛乳の牧場には行けそうもないけれど。
空港からバスで行ける温泉を選び、まずは予約。飛行機のチケットも早くになるべく安く。ネットで「車がなくても行ける阿蘇」というのを読んで、大雑把な予定を立てる。
あっちもこっちもとは考えない。ただ、温泉につかり、部屋で本でも読んで、飽きたら、また温泉に入り、夕食も、外に美味しい店があったとして、歩いていけるかどうかもわからない。一人で夕方外に出て、迷子にでもなったら目も当てられない。普通の旅館の夕飯でいい。ポツポツ食べて、また温泉・・・そんな時間の過ごし方もいいでしょう?年なのでしょうか。ぼーっと温泉にでも入りに行きたい、なんて思うようになったのは。

あちこち観光は欲張らない。一箇所だけ、阿蘇を感じられるところに行ければいい。バスの運行が始まっている「草千里ヶ浜」に決めた。
この前、テレビで石川さゆりさんが、草千里で歌っていたんだ。どこまでも広い草原。池というのか水溜まりというのか、水がキラキラ光っていた。今回の地震で、阿蘇は大変な被害を受けたというけれど、こんなところまで行けるようになっている。
綺麗なだなぁ・・・歌を聴くどころでなく、ずっと景色に見とれていた。・・・動機が単純T_T

次の日、熊本市内へ行くには、やっぱ限られた本数のバスに頼るしかない。ネットであちこち見ていると、うっかり古い資料なのに気がつかなくて、鉄道があると勘違いしてしまうんだよね。
なんだ、阿蘇駅から熊本駅まで豊肥本線の乗れば近いじゃん・・・そう思い込み、いざ調べてみると、豊肥本線は未だ全面復旧の目処は立っていない。昨年の地震の被害は甚大だった。不通区間はバスが代行運転してるけれど、運行時刻を見ても、あくまで生活の足。観光に使えるものではない。地震から一年半というのが、どういうことなのか、調べるたびに、自分の甘さを思い知らされる。

阿蘇のミルクを送ってくださった方に、メールを書いてみる。
「11月初めの阿蘇は、寒いですか?」

その方は、九州の人ではないのに、なぜか熊本大好きで、とっても詳しい。
「寒いですか?」と聞いたとき、私は、それ以上のことを期待していたのかも^^;
お返事を下さり、行程表まで作っ下さった。お勧めの場所や、アドバイスまで添えて。
なるほど、なるほど、こんなふうに行けば、「熊本旅行」になるんだ。
ただ行けばいいや、と思っていたけれど、もう一度調べ直し、組み直す。
市内には泊まらず、夕飯にちょっと飲んだら、遅くなってもその日のうちに娘の所に行こうと思っていた。
そっか、もう一泊すれば、市内の観光だけでなく、阿蘇の滞在も充実したものになるんだ。


うーっ、空港から各方面に行くバスの時刻表が10/1から変更になる。最初調べた時には、飛行機が到着して、15分くらい後に阿蘇方面行のバスがある、しめしめ、と思っていたのになぁ。
何も到着予定の4分前にバスが出なくったって・・・。そりゃ、JALもANAもある。到着も出発もある。私のためのバスではないのだけど。変更の出来ない航空券だし。
仕方ない。空港で一時間過ごすのも悪くないかも。ただ、それだと、予定していた草千里に行くバスに間に合わず、阿蘇駅で、また一時間以上待たなきゃならない。タクシーの利用は考えない。
もともと、車の運転をしない私の阿蘇観光だもの、今はまだバスの本数も少ないのを承知で「行こう」と決めたこと。
ただ、晴れますように。

10月に入ってから、天候不順もいいところ。かつての体育の日、10月10日は、晴れの特異日で、だから東京オリンピックの開催日に決まった、と聞いていたのが、嘘のよう。雨が降り続き、寒くて、薄いダウンまで引っ張り出したかと思うと、Tシャツ一枚で過ごせる陽気になったり。
梅雨とは違う冷たい雨の日が続くと、気持ちまで暗くなる。憂鬱になってくる。お天気の性格形成に与える影響なんて研究もありそうだけど、なんて馬鹿なことを考えながら過ごしていた。
これだけ降り続いたのだから、私が行く頃には晴れるでしょ、という期待も。そう、11月3日も晴れの特異日だった。娘の所に行く3日はどっちっでもいいのだけど^^; 
肝心なのは、1日と2日。観光地の10日間予想、というサイトを毎日見ていた。時間毎の気温、降水確率がわかる。今は便利だね。


【11/1】 快晴だ!
飛行機、私はいつも左の窓際を取る。空キラキラ。眼下に、山並みも町並みもくっきりと広がり、あれは何の川だろう、あの山は?富士山見えるかな、と思っているうち、山なみが途切れ、大きな街になる。機長のアナウンス「只今名古屋上空・・」なんだ、もう名古屋なんだ。
高度の関係もあるのでしょうか。黒、茶色、ベージュ、パッチワークのような田んぼまで、しっかりわかります。海に島々が浮かんでいるのは、もう九州?どこだろう。長崎のような気もするけれど、飛行機がどこから入ってゆくのか・・・知識のない私がいけないのだけれど、現在地やあたりの地図が、ぱっと解説付きの映像でわかるようなサービスがあったらいいのにな。音楽やテレビばかりでないよ、機内で楽しみたい物。
今時、空からの眺めに見入るおばさんも、珍しいのかもしれないけどね。夫は、席は通路側を取っていた。人が前を通ることもなく、降りる時はさっと出られるから。
普通の移動手段、サラリーマンなら九州など日帰りコースだものね。

阿蘇くまもと空港、定時に到着する。
もしや、バスが遅れて・・・ひとまずバス停まで行ってみたけど、そんな都合のいいことは起きなかったでしたT_T

デッキで飛行機を眺める。ぽかぽかと暖かい。子供連れのお父さん。車椅子に(たぶん)お母さんを乗せた女性。穏やかな光景が広がっていた。
売店でお土産見て、冷やかしに試食して、コーヒーショップで簡単なお昼。なんだかんだで、もうすぐ時間。早めにバス停のベンチに座る。
静かだなぁ・・・空広いなぁ・・・あったかいなぁ・・・座っているだけで、私は旅行に来たのだと、楽しく幸せな気持ちになる。

朝は4時半起きだったし、飛行機の中では外を眺めるのに夢中だった。バスの中で少し寝ようと思ったけれど、周りの景色がどんなものだか気になって眠れない。
紅葉のシーズンだけれど、紅葉するような木は、あまりない。高い高い常緑樹の間をバスは走る。どこかで山に生える木のことを読んだっけ・・・忘れましたT_T
特別に変わった景色があるというのでない。だけども、ここが熊本・阿蘇なんだ。高知や鳥取とも違う。市の中心部に入っていくバスでないから、空港で感じた空気のままだ。赤水という駅を2度通るのは、どうして?ホテルやペンション村にも止まる。カトリード・ミニオン?どこかで聞いたことがあるような。(あとで聞いたら、娘たちは行ったことがあるそうな。「パンくんがいた所だよ」だって)

阿蘇駅に到着したら、赤い電車が止まっていた。
なんだかうれしくなって、写真を撮ろうと近づいたら、先客が数人、カメラやスマホを手にしていた。それを見て、またうれしくなる。何がうれしかったんだか。
阿蘇駅は、木造の、これぞ駅、という感じの駅だ。
まずは、バス停を確かめる。バス案内所&待合室があり、各方面への路線図や時刻表、料金などが貼ってある。職員さんも数人。
これなら間違うことなく乗れそう。ホッとしてベンチに座り、あたりを眺める。牛の像がある小さな公園、噴水が、間欠泉のように吹き出す公園・・・あれ?「道の駅」の看板が見える。道の駅って、高速道路などにあるのじゃなかったっけ?ここじゃ、ほんとの「駅」だもの。

近くまで行ってみたら、ほんとに「道の駅」だった。地元の野菜や特産物が並び、観光客というより地元らしき人で賑わっている。小さく不揃いなトマトの袋詰め、水菜・・・わ!この水菜、茎が紫色だ!買って帰りたかったけど、無理じゃん。
お弁当やおにぎり、お惣菜なども並び、奥の広い座敷では、家族連れ、友達、様々なグループで、今買ったのでしょう。お弁当やおやつを広げている。座敷の向こうには、大きな窓があり、駅のホームが見える。そのまた向こうには、山が見える。空がある。ここでお昼でも良かったな・・・。

外に出ると、ソフトクリーム売り場に人が並んでいた。牛乳そのままの味と、コクのあるものと、ヨーグルト風味のと、それぞれ牧場の名前が書いてある。どれにしますか?少々迷って、牧場名で(気分で)真ん中のを選んだ。
外のテーブルで、ポカポカの日差しの下、食べる大きなソフトクリーム、美味しかった!

駅舎の中に入ってみよう。今は降りる人も乗る人もないひっそりとした駅舎。入っても大丈夫かな・・・そっと戸を開ける。
さっきの赤い電車はどこから来て、どこに行ったのだろう。時刻表のまばらな数字を追う。二つ書いてあるだけの赤い数字は、特急。普通列車は、黒い数字で4つ。一日4本だけなんだ。全て下りのみ。
さっきのは、12:57発の大分方面らしい。あの赤い電車で、旅行気分を味わおうと、ひと駅、ふた駅乗ったみたとして、ここに戻れたのかどうか。

そろそろバス停で待っていよう・・・、と、外人さんがひゅーっと自転車でやって来た。ん?何者?
阿蘇火口線のバスに、その人も乗るらしい。運転手さんに、自転車を積んでくれ、と言っている。自転車ぁ?
バスの乗客は、私とその外人さんだけだ。運転手さんが、カタコトの英語で、どこから来たのか尋ねると、「カナダ」。北海道から新潟、あちこちを旅しているらしい。
えっ!帰りは、あの自転車で下りてくるの?運転手さん、曰く。「漕がなくったって、だーっと下りてこれるさ」

緩やかな登山道。健脚なら、登れてしまうかしら?15キロと、バスのアナウンスが行っていた。

運転手さんは、とても親切で、ちょっとお喋り。私が東京から来たというと、ガイドさんに早変わり^^通る道、見えるもの、一つ一つ説明してくれる。
ススキがきれい!わ!牛がいる、馬がいる!放牧されている!見るもの見るもの、感動している私に笑う。

「あの山も、山肌が割れて、黒くなってるでしょ。あれは、地震で割れたんです。」
工事している。よく見ると、道路に亀裂の跡なのか、黒い線があちこち走っている。黒い土嚢が積まれた場所では、「このあたり並んでいた家は、みんな崩れて、無くなったのよ。」家があったんですか?・・・
「昭和天皇がいらしたとき、案内役の説明に、「あ、そぅ」とお答えになったとか。私は笑うけど、外人さんにはわかったのかどうか^^
私が明日は阿蘇神社に行くというと、「それはいい!」「あの神社は格式高く、その辺の神社と違うのよ。」・・・(説明が始まる)・・・「行ったら、水飲んできなさい」「近くの金物屋に行って、ポリ缶を買い、水を詰めて宅配便で送るといいよ」(いくらの水につくのよ、ね)
「都会の若者が金出して水を買うのがわからない」「うちじゃ、近所の5軒と、ボーリング入れたんだ。もう40年、水道代払ったことないよ。最初は金かかったけどね。おかげで使い放題。冬はあったかく、夏は冷たい。うちじゃ、夏は、水クーラー」
水クーラー?贅沢ですねぇ・・・運転手さん、うれしそう。

30分足らずの道のり。二人であんまり盛り上がるものだから、日本語は少しだけわかるという外人さんは、おいてけぼり。m(_ _)m
帰りのバス停も、あそこだよ、と指差して教えてくれた。バスはこれ一本でしょ。帰りまで30分しかなくて、乗り遅れたらどうしよう。「そしたら、その辺の馬拾って、駆け下りて来ればいいさ。」馬泥棒するの?・・・
到着して、向こうを見渡す。

わーっ。
ほんとに、ほんとに、素晴らしかった。写真を撮ったって、私のスマホには収まりきれない。青々とした草原なら写真映えしたかもしれないけど、今は、枯れて茶色。でも、その茶色が、いろんな茶色でね、チョコレート色だったり、ココア色だったり、プリンみたいに黄色かったり。私には、それがとっても綺麗だった。
山はくっきりと高く、草原は、どこまでも広く、あっちも歩きたい、向こうにも行ってみたい。子供だったら、ワーワー走り回るだろう。バァは、ただ少し歩いては立ち止まり、あたりを眺め、また違う所を歩き始め、立ち止まり、空を見上げ、山を見る・・・来てよかった、ここだけで十分と、満足している。こんなにお天気に恵まれるってこと、あるんだろうか。水がキラキラ光ってる。そっちまで行ってみたいな。時間があるかしら?
一人でウロウロしている私に、二人組のおじさんが、写真撮りましょうか?いえ、景色だけで。私はいいですので。笑って向こうに行った。

バスの出発まで、あとちょっとある。もう一度ソフトクリーム食べちゃおう。阿蘇駅で食べなかった方の牧場のだ。あっちを食べておいて正解でした。
バス停に向かう途中、さっきバスで一緒だった外人さんと出会う。火口西口まで行って、自転車で降りてきたところみたい。見た?草原を指差す。
「今、見るところ。素晴らしいね」 ふ・ふん、褒められてうれしい。私の物じゃないけどさ。

すでにバス停には人が並んでいる。外人さんばかりだ。日本人は、多分、車なのでしょう。お天気は、曇ってきて、ひんやりし始めている。やっぱ山の天気は変わりやすいんだ。
バスが来た。混んでいる。さっきの運転手さんに、そっと頭を下げる。「間に合いましたよ」のつもり。

もっといたかったなぁ。調子に乗って、乗馬にも挑戦してみたかった。(かも)。並んだ馬さん達、コロンとして、とっても乗りやすそうだったもの。
タクシー使えば、早く来られたのに。でも、時間無駄でも、バスで来て良かった。短い時間しかいられなくても、ぎゅーっと詰まった私の草千里。
バスを待つ間に見た阿蘇駅の光景。思ったこと、感じたこと。バスの道中、あんなに楽しい会話ってある?贅沢だった、貸切バスのような、私のための時間。

阿蘇駅から温泉まで、またバスに乗る。ホテルに迎えに来てもらおうかとも思ったけど、バスもいいものだと思ったから。
乗客は、また私一人だ。今度の運転手さんも、いろいろ話をしてくれる。阿蘇火口線も、今は一台のバスで三往復してるけど、もう少しすれば、台数も増えるとのこと。
冬はバスないでしょう、と言ったら、いや、ありますよ。大きい方のバスにチェーン巻いて運行するのだそう。一面真っ白な草千里ヶ浜も綺麗でしょうね。でも、少しでもお天気悪いと視界が遮られ、何も見えなくなる。この前来た外人さん夫婦が、霧で何も見えなかったとぼやいていましたよ。私、運が良かったんですね。遠くまでよく見えましたよ。

「そこで降りるんなら、泊まるのは、あっちか、こっちですね。」あっちです。「向こうに建物見えるでしょう。そこですから」
お礼を言って歩き始める私。と、「お客さん、反対です!」わざわざバスから降りて呼び止め、教えてくれた。あ!信号渡るのか・・・何聞いてんだか、の私T_T
なんて親切なの。二人のバスの運転手さん、ありがとう。これを書きながら、「真夜中のタクシー」を思い浮かべてしまっていたのでした。


ホテルという名の大きな旅館に着いた。
まずは屋上露天風呂。陽の落ちる前に、と思ったけど、こっちは、日の出日の入り、関東に比べて遅いんだよね。
まだ明るい。誰もない。確かに阿蘇五岳は見えるけど、眺めながらのんびりお湯につかる、というわけにはいかない。だって、お風呂に体を沈めると、景色が隠れて、空だけになってしまうんだものT_T 誰もいないのをいいことに、立ったり座ったりていた^^;思ったより、お湯熱くない。
女湯の方に行ってみよう。
入り口で女性が話しかけてくる。エレベータのドアが乗り切る前に閉まって、友達とはぐれてしまったのだそう。向こうのお風呂にいませんでしたか?誰もいなかったですよ。おかしいわねぇ・・
あちこち動き回らず、エレベーターか部屋の前で待っていたほうがいいのに、と思ったけれど、私が言うのも余計なお世話。その女性は服を脱ぎ始め(え?お風呂入っちゃうの?)私に後ろのホックを外してくれという。「いつもは娘にやってもらうんだけど。」

今日は、老人会の集まりで市内から来たのだそう。いいですね、大勢で。私?私は一人。えー!一人?このシャワーのお湯、どうやったら止まるんだろ。自然に止まるみたいですよ。なんだかんだ、喋る。
そういえば、羽田でも、私と同じくらいの年の女性、いつもはだんなさんと一緒なんだけど、今回、同窓会で、初めて一人で帰省する。心細くて。じゃぁ、と一緒に歩き始め、搭乗まで、ずっ並んで座り、いろんな話をしたっけ。
バスの運転手さんも沢山話を聞かせてくれたし。
熊本の人が人懐こいのか、私がおしゃべりを呼ぶのか。

お湯、熱いですね。いいお湯・・・
お湯を見に来たホテルの女性は、41度、と言った。締め切っていると、湯気もいっぱいで室温高くなり、お湯も熱く感じ、露天風呂では、お湯も風で冷やされるのか、少しぬるく感じるのだそう。「同じ41度なんですけどね。」
逆だと思っていた。家では、冷えた体でお湯に入ると、熱いもの。
もうあがろうか、という頃、あー、○○さん!はぐれたと言っていた友達が来た。「勝手に先にお風呂に入って!」私だったら怒るところを、ニコニコと「いて良かったわぁ」。やっぱり熊本の人はいい人だ^^
私は、もう一度さっきの露天風呂に入ってこよ。空がうっすら赤い。「落陽」というわけには行かなかったな・・・
もう夕飯だ。広い食堂で、一人ぽそぽそ食べていると、なんだか、侘しくなってくる。
周りは、みんな二人連れ。さっきのおばさんたちは、団体なので部屋が別だ。あの「後ろのホック外して」と、見知らぬ私に頼んできたおばさんが、なんか恋しくなる。隣のテーブルにいたら、どうぞどうぞと、ビールなど勧めてくれちゃったりして。
一人でボーっとするのがいい、と決めた旅行だけれど・・・ビール、頼んじゃおう。

売店を覗く。買いたいものはない。ビジネスホテルのように、缶チューハイを自動販売機で売っているわけもなく。仕方ないので、明日の湧水のために、お茶を買った。ペットボトルがもう一つ欲しいから。
部屋に戻る。なんだか肌がスベスベするみたい^^ あ、ここには、もう一つ、大浴場というのがあったんだ。お風呂行ってこよう。
大浴場は、さすが大浴場。人も案外多い。ふと見ると、ガラス戸の向こうにもお風呂があるみたい。出てみると、露天風呂だぁ。風冷たい。お湯、気持ちいーい。
先客に、若い女性が一人。お邪魔しちゃったかな。
「月、綺麗ですね」「あ、ほんと!」いかにもの温泉会話。「でも、星見えないんですよ」・・・今時の女性って、こんなふうに絵に描いたような(?)会話するんだろうか。温泉宿だからねぇ・・・
岩に触ってみる。綺麗に洗ってあるような岩。苔むしたり、汚れた感じがない。あれは、どこの温泉だったろう。手を置いたら、ツルンと滑ってしまうようだったのは。
やっぱり外のお湯はぬるいのか、もう一度大浴場に入ろう。

ふーふー、湯あたりしちゃったかしら?母だったら、極楽、極楽、と言ったかしら?
部屋で、何をするということもない。ノートパソコンどころか、ipadも持ってこなかった。携帯(スマホ)は、私には、外の物だ。部屋から持ち出す必要のないものもある。PCでは書けても。携帯では書けないメールというのもある。
いろいろ教えて下さった「熊本好き」の方に、今日の報告をしようと思ったけれど、携帯だと、何か「割り込む」ような感じがして気が引ける。第一、報告しないと失礼なのか、いちいち報告したらうるさいのか、わからない。見えない人との付き合いは難しいね。

本を読み始めたら、眠ってしまった・・・ふと目が覚めて、テレビをつけたら、日本の有名人100というのをやっていた。安倍総理よりタレントさんの方が上なんだ。全ての年代で点を取らないと、上の順位には行けない。
どうせ、拓郎など候補にもあがってないんでしょ。一位は「タモリ」さん。
空調で暖かいのに、クシュン!クシャミが出る。乾燥するのか、喉がいがらっぽい。明日の朝風呂はやめたほうがいいかなぁ・・・持参の風邪クスリを飲んで寝ることにする。


ここまで書いて。
私、何回「ベンチに座る」と書いたんだろう。ほんとに、座ってばかりだったんだもの。
載せるような写真がない・・・草千里で「おじさん二人組」に撮って貰えばよかったかな。そしたら、あたりの景色が綺麗に入ったかもしれないもの。私にはモザイクかけて。

沢田研二50周年記念LIVE

行ってきました!沢田研二50周年記念コンサート。

新しい友人の一人がジュリーファンなのです。
コンサートの話などを聞くにつれ、あぁ、いいなぁ・・・自分の拓郎のことを思って、「わかる、わかる」・・・ずっと好きな歌、好きな人の歌を聴き続けていられることの幸せを、一緒に感じていました。
なにせ、拓郎が、ほんとはジュリーになりたかったという、あのジュリーですよ。「YOKOSO」一回目のゲストに指名した沢田研二さん。先日のラジオでも、CMに提供した「いま、このときめきを」をきかせてもらいましたね^^
そのジュリーが50曲歌うという50周年記念LIVEが、市民ホールに来る!自転車で行ける!
チケット獲得に走らないわけ行かないじゃないですか。

2枚無事ゲットしたものの、そのジュリーファンは、すでに数箇所確保済みとのこと。う~ん・・・拓郎ファンにも希望者見つかるかもしれない。一言伝言で呼びかけようかとも思ったけれど、この際、別口の新しい友人仲間に声をかけてみようかなぁ。
地元でやるのだから地元の友人もいいかも。サッと手が上がり、あげそこねたと残念がる人までいた。さすがジュリー。速攻で決まった。

一緒に行くことになった人は、昔、ジュリーを聴いていたというわけではない。「だって、そういうのも楽しそうじゃない?」
何か違う場所に身を置いてみたい・・わかるような気がする。でも、大丈夫かな?若い時からあまり流行りの歌には縁がなかったような、今年古稀を迎えるという人、楽しくなかったららどうしよう・・・。楽しくなかったら、なんて、お節介か。自分で行きたくて行くのだものね。


定員862名の小さな市民ホールです。
開演前にデパートのレストランで一緒に食事をして、グラスビールを一杯ずつ。「飲もうよ」というのは私が言った^^; 6時30分開演に、6時過ぎ、そろそろ行こうか・・・拓郎のではないから呑気なものです。
ホールに着くと女性でいっぱい。なに?この長い行列は?・・トイレだったT_T

初めに、スクリーンに子供の頃のジュリーが映ります。わ、さすが、可愛い!タイガースの頃、白いスーツで、コロコロ笑うジュリー、素敵なカッコイイジュリーが次々と。ファンがにはたまらないだろうな。ファンじゃなくても、うれしいわ。
一緒に行った人は、「やっぱ、キムタクに似てる!」と言います。だんだん、少しずつふっくらして来るジュリー。
と、ステージが始まり、キラキラ刺繍をほどこした緑のジャケットを着た沢田さん登場。

「大入り袋」が出たのだそうです。ありがとうございます。」
高校野球の話してました。花咲徳栄が勝ったのが悔しいらしい。昔の広陵高校の話もする。野球詳しいんですね。ここは関東だからと、変に気を使わず、好きなチームの話をするとことが、拓郎に似ている(なんでも拓郎と比べるな、との声が聞こえそうT_T)


一曲目からみんな立つ。私も!
聞き覚えのある歌・・・調べたら「あなたに今夜はワインをふりかけ」。ワー!声、同じ!
2曲目に「君だけに愛を」が始まったら、もう、不思議なことに、緑のカーネルサンダー(失礼)どころか、若い頃の顔が重なって、紛れもなくジュリーなのです。さっき見た映像の、すらりとカッコイイジュリーが立っている。艶のある、甘い声。

「僕のマリー」、「青い鳥」・・・と聴いてたら、なぜか涙が出てきてしまった。懐かしいというより、なんだろう・・・この年になって聴くジュリーの素敵さ。歌、同じよね。
知っている歌も、知らない歌も・・・私、こんなにジュリーの歌、知っていたっけ?みんな聞いて知っている歌のように感じてしまう。

どんどんどんどん歌います。声がすごく出るのです。普段から、余程鍛錬しているのでしょう。
一曲歌うと、「ありがと。サンキュー。ありがとおーね。」関西のおじさんぽいイントネーション。毎回、それだけ。
歌って、「ありがとおね」。また歌って「ありがとおね」。私には、それが可笑しくて、クスッとするけど、誰も笑わない。

「追憶」を歌う。(安井かずみさん作詞だったのですね)
「サムライ」を歌う。

曲名がすぐに出てこない歌は、新曲なのか。(私が知っていた沢田研二以降の歌、という意味です)
わからないので、書けませんm(_ _)m だから、書くのは昔の歌ばかりになってしまうけど。
誰もが知っているだろう歌は半分、25曲くらいと言ってました。不完全な感想です。

「コバルトの季節の中で」「君をのせて」・・・なんて素敵なんでしょう。あぁ、ジュリーだ・・・「コバルトの季節の中で」、好きだなぁ。

「にくみきれないろくでなし」「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」・・・阿久悠作詞が続きます。
聴きながら思いました。なんて、阿久さんの詩が似合う男になったんだろう、って。若い時も素敵だったけど、来年古希を迎えるという今歌うのは、更に深味が増したよう。色褪せない歌詞というのは、あるよね。
阿久さんが生きていらしたら、そうなんだよ、この詩は、って喜んだかな。


「ここまで24曲歌いました」と言いました?25曲でした?記憶、あやふやで、ごめんなさい。
とにかく、ここまで、ひたすら歌い続けています。あの艷やかな声で。息切れなんてしない。すごいパワーです。
勿論、フルコーラスではありません。後で、「一番だけ。時々2番も入っていた」と言ってました。

最初、50曲と聞いたとき、さすがに全曲フルではないでしょう、と思ってはいたけれど。ところどころ「さわり」だけ繋げたようなメドレーになるのかな、と。
どの歌も公平に一番だけ。こういう歌い方もあるのですね。聴き応えありました。
(拓郎も、LOVE2の頃のような細切れメドレーなんかじゃなく、沢山歌うのなら、せめて、こんなふうに歌って欲しい。)


やっとMCです。
50年、山あり谷あり、崖あり。幸せなことに大事件には出会わなかった。ハイジャックとか飛行機が出ないとか・・・あ、この間の松山千春さんのことだ!
自分は、あんなふうに出ていけない。だいたい歌える歌がない。
♪あなたはすっかり疲れてしまい・・・これじゃ困るでしょ。
♪落ちてゆくのもしあわせだよと・・・困るよね

会場大爆笑。
「だいたい千春は(わ!拓郎も「千春」と言う。同じだ!)坊主頭に太い金の指輪やネックレス、あの風貌で、ああいう歌を歌うんだから・・・。
昔、お芝居で丸坊主にしなくてはならないことがあって、鏡見るたびに「千春だ!」と思って嫌だった。」
「ああいうのって、必ず誰かが撮って、SMSで広まるでしょ」「だいたい、SMSってなんなんだ。気に入らない」

話が止まらない。面白い。話し声は、少しかすれていた。


「25曲目の歌です」と言って「ラブ・ラブ・ラブ」を歌ったのかな?
上着を脱いだ。白いシャツ。「抱きしめたい」も歌った。
白いシャツの袖をまくった。「TOKIO」と「危険な二人」の時は、ネクタイも外してたっけ?次は何を脱ぐのかと思っちゃった^^;
「危険な二人」盛り上がったよね。思わず、帽子を投げる仕草をしてしまう。

このあとは、わりと新しい歌が続いたのだと思います。
どこでだったか、東北大震災のことが入った歌があって、歌い手として、向き合う姿勢に感心した。


40曲歌ってMC。

タイガース解散の裏事情、PYG結成の話。こんなことまで話していいの?というようなことまで。今はもう、みんな知ってるか。こういう話に、沢田研二の骨っぽさが出ます。
PYGで、大野克夫、井上堯之のお二人と出会ったことの素晴らしさも語っていた。そこで歌手として変わった、って。
「時の過ぎ行くままに」で紅白に出場することになったとき、井上堯之バンドの音でなければと、こだわった。それまで紅白はフルバンドで歌うのが当たり前だった。
(ジュリーも先駆者だったんだ。拓郎が紅白に出場したとき、バンドにこだわったけど、そのずっと前に、ジュリーが、きっかけを作っていた)

前のMCだったかもしれないけど、上京してすぐ、タイガースで売れて、ソロで売れて、またソロで売れて、また売れて・・・だんだん売れなくなって、たまにテレビに出ても、「話題曲コーナー」なんかで、つまらなくて出なくなって、
還暦で80曲やった頃から、なぜか、また少しずつ人気が出てきて、今、こうして満員の会場で歌えてる。
でも、自慢なのは、ヒット曲が出たからでも、本を書いたからでもなく、ただ、歌ってきて、歌でまた売れた、ということです、と言っていた。

50年、ずっと順調だったワケじゃないと言っていたけれど、その間、たゆまぬ努力を続けて来たのでしょう。キーがどうとか音楽的なことはわからないけれど、同じ声、すごいと思う。
ステージ、最初走ったとき、どうせ市民ホールは狭いし、なんて思ったけど、とんでもない!踊ったり、ジャンプしたり、声も体も鍛えているのがよくわかる。売れる売れないでなく、ずっと沢田研二として、大事なものを守り続けてきた。

ジュリーって男っぽいんだよね。ヤワなアイドルじゃない。
2回目のMCの時だったか、会場のどこからか「頑張って」の声が飛んだ。
そしたら、「頑張ってないみたいじゃないか」って。怒りはしなかったけど、笑いに紛らすような口調ではなかった。
最近の拓郎は、柔らかく「いなす」。


さて、残すとことあと10曲。数えながら聴いてました。
「シーサイド・バウンド」以外は、私の知らない歌ばかりだったのかな。
それが、また、これまで以上の盛り上がり。ラスト前の曲なんか、始まる前から熱かったので、知ってる歌かと構えたけど、知らなかったT_T
待ったましたとばかりの熱狂。

ファンはすごいね。会場では、どんなフリでも、みんなポーズして、踊って。この小さなホールは古いので、ちょっと跳ねると床が揺れるのです。安普請め!と思いながら、私は私のペースで、立っているのに疲れたら座って、一緒に手拍子したり、じーっと聞き惚れたり。
沢田研二さんには、こういうファンがずっといてくれたんだ。50年歌い続けることの素晴らしさテレビでしか知らなかったジュリー。LIVEはいいものですね。

拓郎は、あと何年で50周年なんだろう。拓郎の方が年上なのに、沢田さんの方が先輩なんですね。拓郎は、きっと50周年も歌える。そして、沢田さんは、拓郎の年まで間違いなく、拓郎の年を越えても、こんなふうに歌う。
「YOKOSO」、拓郎は話を引き出そうと、自分のことばかり喋って、ああいうことが苦手そうな沢田さんは言葉少なめで、対談成功という感じはしなかったけど、今思い出すと、味があった。録画、保存してあったっけ?探してみよう。


「50曲目です」と歌ったのは、静かな、しみじみ聴く歌でした。

さぁ、アンコール、と思いきや、みんな手拍子しない。ん?どうして?
座っていたら、スクリーンに、何年頃のジュリーでしょう。少し太めで可愛らしい。「渚のフリフリ」?加瀬邦彦さん?
みんな、これがあるの、わかっていたんですね。だからコールしなかったんだ。

映像が終わって、ステージにジュリー登場。皆さん、すっと立ち上がります。挨拶です。

歌い続けていきたい。足腰が弱っても、座っても歌える。怖いのは耳が聴こえなくなること。
時代を先取りしたり、時代に合わせるのでなく、好きな歌を好きに作って、ヒットしたらいい。

51曲目。「いくつかの場面」(これも調べました)
ほんとに、いつかまた、みんながいてくれたらいいね。
もう会えない人、会わない人。
会いたくても、もう会えない人もいるのだから、会えるのに「会わない」などと言わず・・・、素直にそんな気持ちになれたらいいのだけど。

歌い終わって、ジュリーは、上着を脱ぎ、きちんとたたんで腕にかけ、深々とお辞儀をしました。
バンドの皆さんも、丁寧に頭を下げます。
何度もお辞儀をし、最後にもう一度メンバー紹介をし、自分を「ジュリーです!」だって。
わ!沢田研二です!とは紹介しなかった^^
静かに、50周年、50曲+1が終わりました。懐かしい歌に戻りはしない終わり方。


思ったこと。
「ジュリー」というと、まず返ってくるのは「太ったよね」。私も、そういう反応していたかもしれない。
だけど、違う。大事なものを見よう。
真っ直ぐに見つめよう。聴こう。
「食べられるんだからしょうがない」、そう言っていた・・・


帰り、友人に付き合って、駅まで歩いた。
「どうだった?」
「よかったぁ。夢のような時間だった。この年になったから、わかるのよ」
そうよね。もし、10年前、20年前にジュリーライブを観たら、こんなに感動したどうか。この年になって、初めてジュリーのLIVEに出会えた幸せ。
そして、ジュリーファンの手芸仲間(?)、一緒に行った体操仲間、この年になって新しい友達ができるって、うれしいことですよね。ん?私って、もしかしたらジュリーと同い年かも?


それにしても、ジュリーはやっぱりスターだ!今朝は、ずっと♪僕が マリーとあったのは・・・甘い歌声がぐるぐる。
ほんと、声、変わらないんだから。素敵よ、みんな聞いてごらん。

京都に行った(3)

前日、たっぷり昼寝をしてしまったものだから、どうにも眠れなくて困りました。
膝も痛いので、11時の待ち合わせまで、のんびり休んでいようと思ったけれど、このままホテルにいてもねぇ。短時間で行って帰ってこられるところ・・・三十三間堂も考えたけれど、京都駅から一駅の東福寺にしよう。ここなら間違いなく帰ってこられる。
京都で紅葉というと、真っ先に名前の挙がるお寺だ。秋、あまりに人出が多く、写真撮影が危ないので、通天橋などでは撮影禁止とニュースになっていた。きっと新緑も綺麗なことでしょう。
一旦荷物に入れた「杖」を取り出す。

この二日で、京都の電車は、多少覚えたぞっ。奈良線に乗る。編成も短いので、結構ギュウギュウ。リュックを背負っている人が多くて、皆観光客かと、電車を降りたあと、ついていったら、若い女性達は、登校する看護学校の生徒さんなのでした。慌てて引き返す・・・これだからT_T

大きなお寺・・・どこにどう行ったらいいのやら。本堂はどれだろう。これかと覗いてみても、中は見えない^^;いつも公開しているわけじゃないのね。通天橋で受け取ったチラシを見たら、涅槃会特別公開 3月14、15、16と書いてある。私はこういう日を外すから人出多くないんだ。
それでも人気の通天橋は人がいっぱい。撮影は諦めて、お庭の写真でも。

紅葉の頃は、綺麗でしょうねぇ。
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この葉の先についているプロペラみたいのは、みたいのはなんだろう。あっちの木も、こっちの木も。淡いピンクで、先のほうが少し濃い。可愛らしくて、思わず写真を撮った。
調べたら、花のあと。真ん中に実がついているらしい。見つけて、なんだかうれしい。
ファイル 48-2.jpg


さて、待ち合わせです。私が京都に行くと知ったら、お昼に誘って下さった。そのために出てきて下さる。感謝。
指定の場所は、新幹線八条口。少し京都の駅がわかってくると、さすがの待ち合わせ場所だと感心する。わかりやすくて、案外人が少ない。地下鉄などにも乗りやすい。

ランチ。本当に、本当に、私などには行かれないお店。高価というより、それ以上に心豊かにお料理を味わえるお店。働くお店の方たちも、とても気持ちいい。
その美味しさは、思い出に残ります。

食事のあと、大田神社でカキツバタを見る。
満開というわけではないけれど、そのお店のご主人がいうには、咲き揃う前がいい。全部開くと、前の花の萎れたのも見ることになるから。
確かに、散らない花というのは、咲き終わったあと、少々無残な姿を晒す。物足りないくらいが美しいのかもしれない。

ファイル 48-3.jpg

その後、上賀茂神社まで歩いて、参拝をする。「とても好きなの、ここ」と友だちが言う。
タクシーで、半木の道(なからぎのみち)を駆け抜ける。通る、というより、駆け抜ける、という感じだったのです。
桜の頃を見てみたいと思う。綺麗だろうな。

下鴨神社近くのパン屋さんで、予約しておいて下さった食パンを買う。友だちと一緒にパンを買う、って、なんか、素敵よね。いっそう親しくなった気がする。
下鴨神社をお参りする時間はなく、友だちゆかりのお店でコーヒーを飲む。
低めのソファに腰掛けて、お庭を眺めながら、たくさん、お互いの思い出話をする。そう、思い出話は別々なのです。一緒の思い出と言ったら、拓ちゃんしか^^
彼女はその日、お着物だったのですよ。通りすがりの人の声をかけられるくらい美しい、でも、さりげない帯と着物。着慣れていらっしゃるのでしょう。しっくりと馴染んでいらした。
コーヒー美味しかった!
今日が一番京都らしい時間を過ごしたような気がする。それは、もちろん「友だち」の案内のお陰なのだけど。


帰りの新幹線で、やっと拓郎のラジオを聴く。
頑張りすぎないでね、拓ちゃん。もっと手抜いていいよ・・・。私には「トリソツ」が拓郎の選曲だとは思えない。

駅からの帰り道。荷物が重い、お酒なんか買うから。足が痛い、無理するからT_T
ようやく家について、パンを小分けにして冷凍庫に入れる。(まず、それか!)
両膝がパンパンに赤く腫れている。触ると、熱を持っている。この前医者でもらった湿布貼っておこう。
明日の麻雀会、なんで欠席にしとかなかったんだろう・・・

翌朝起きると、膝は大丈夫みたい。回復早いのね、ふんふん。
また行きたいなぁ、京都。

京都に行った(2の2)

電車から何組か降り立ったはずなのに、天狗さんを見ているうちに、おじさん4人組と私しかいなくなってしまった。なんとなく一緒に歩き出す。
仁王門をくぐると、ケーブルカー乗り口がある。「ただやろ」。
ここはお寺さんが運営しているので、係りの人もお坊さんだ。慌てるように「200円頂きます」。「なんや、金取るんかい。ほな、歩こう」4人でどっと笑う。
こういう自分では気が利いたつもりの軽口、嫌いだ。なんで、こういうおじさん、いつもいるんだろう。
面倒なので、やり過ごそうと、ゆっくり歩くけれど、向こうも話をしながらのんびりなので、なかなか別になれない。

由岐神社に着いた。鞍馬寺の鎮守社なのだそうです。
樹齢800年という大杉が迎えてくれる。
今流行りの御朱印が、書置きで何枚も重ねられ、飛ばされないよう石が置かれている。300円を置いて、持っていくようになっているらしい。100円玉がいっぱい。
天狗の形をしたおみくじが、山のように積まれている。これも、勝手に持って行ったりしないんだ。神社だもの、そんな罰当たりなこと。当たり前かもしれないけど、日本人の律儀さに感心する。
お参りをする。手を合わせても、何も浮かばない。わざわざお礼を言うというのが、私らしくない。

おじさんたちは先に行ったらしい。一人はいいけど、誰もいない山道というのも、少し心細い。右に行く。右で合っていたかな。新緑の美しさに浸るというより、心配で足元ばかり見てい歩いているような。
 
これが「九十九折(つづらおり)」かぁ。例の新聞には、ディズニーランドの乗り場にできる行列に似ている、と書いてあったけど、絶対違う。
*新聞記事引用*
__ディズニーランドの乗り場に出来る行列だ。あれもジグザグだから、入り口はすぐ近くに見えても、なかなか進まない。近くて、遠い。 
不謹慎かと思ったが、そう間違った連想でもなかった。道には池があり、お堂、歌碑、自然の奇観・・・。いろいろあって飽きない。信仰の場だが、遊園地を巡るような楽しさもある__

何言ってんの!と自分で歩いてみて思う。それは感じ方はそれぞれだけどさ。なんでワンダーランドなのよ。記事って、とにかく書く事が先行してるよね。この記者は、歩いていて汗をかかなかったんだろうか。平安の昔、幾度も折り返しながら参拝への道を歩く人の姿に思いを馳せても良かったのに。

ディズニーランドは目標の建物を見ながら、ジグザグに並んで進んでいくのかもしれないけど、ここは、本殿を向こうに見ての九十九折じゃない。どこまで行ったら、何度曲がったらたどり着くのか、先の見えない参道なんだ。だから不安にもなるし、必死に足を運ぶ。

ふと、小さな細長い石碑と、札が目に止まる。
「「五町 言清浄 言葉をつつしむ」

メモをする。メモ帳とペン持参で歩くって・・・T_T
これ、もしかしたら「四町」「三町」と続くのじゃないかしら?そう気付くと、目標が出来たようで、足取りも軽くなる。

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あ、あった!
「四町 意清浄 思いをつつしむ」
言葉を慎みなさい、とは言われるけど、思いを慎みなさい、とは言われない。「思いを慎む」なんと自戒に満ちた言葉なんだろう。

「三町 業清浄 清らかに」

「二町 上求菩提 明るく」

さっきのおじさん4人組が下りてくる。「階段は足腰に来るからね」・・・早くもリタイアしたらしい。

この辺りから参道が整備され、明るい雰囲気になってくる。

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「一町 法界参入 安らかに」

登りきった!
30分ほどの道のりというけれど、もっと歩いたような気がする。

本殿の写真は取らないのに、こんなもう終わりの藤の花を撮ったりするんだから^^;

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本殿金堂前の石畳、金剛床には、六芒星という何やら占星術のような図案が描かれ(怒られちゃうね^^;)最大のパワースポットなのだそう。
そこに立って、大きく息を吸い込む・・・そういうことも遠慮しておいた。ポーズが苦手。

御朱印を頂いた。集めているわけではないのだけれど、ここなら頂いていいだろうと思ったから。私なりに頑張って歩いてきたもの。
年配の女性が、丁寧に丁寧に書いて下さる。「良いお参りでした」そう言って渡して下さる。
「尊天」と書いてあるのだそうだ。

「尊天」について、と書かれた神が挟んである。月輪、太陽、大地・・・読むだけで、理解など出来ないのだけど、なんとなく人を祀るのでなく、宇宙の大霊で良かったな、と思う。
・・・宗教の話はパスしよう^^;

九十九折では、ほとんど人と出会わなかったのに、本堂には大勢の人がいた。そこから奥の院に進もうとすると、また人がいなくなる。たまに行き交うのは、皆、一人歩きの男性だ。
鬱蒼とした木々の中を歩く。小雨が降っているのか、木の雫が落ちているのかわからない。ここが木の根道か。左の方に、木の根がのたくった所があったので、そっと一回りしてみる。

ファイル 47-3.jpg

岩盤が地表近くまで迫っているため、根が地中に入り込むことが出来ず、こうして地表に出ているのだとか。それでも、根は這い、木々は太く高くそびえる。生命力の強さを感じる。

元の道に戻って進むと、牛若丸が天狗に兵法を習い、修行したという僧正ガ谷に出る。深い谷の緑が、なんて綺麗なんだろうと思う。足元には木の根が這う。滑らないよう、踏まないよう気をつけて、ゆっくり進む。こんなに木の根が道を這うなら、さっきわざわざ木の根がたくさんある場所に寄り道しなくても良かったな、とちょっと後悔。

「極相樹」という看板を何度も読み返す。
「裸地や、山火事、伐採などで樹木を失った土地には、はじめに光を好む草が生え、ついでマツやナラのような陽樹が入り込む。その日陰にシイやカシなどの陰樹が生え、陰樹が成長して、陽樹を追いやる。すると、最後に陰樹だけの林となり長く安定する。これを極相林という」・・・面白いと思いません?

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「鞍馬山では、このあたり一体が、極相に達した森である。・・・このような森ができるまでには、少なくとも二百年から三百年の歳月が必要・・・」そうなんだ、と頷く。だからといって、森林保護の活動などしないわたしなのだけど、
こんなふうに長い長い歳月をかけて育ってきた森の中を歩いているのだと思うと、神妙な気持ちになる。

やがて、「奥の院」に着く。
不思議だ。静かで、何の音もしない。飾り立てる物はない。地味にひっそりと。霊気を感じるというのなら、ここではないかと思った。抜け出すように後にする。

あとは、ただ、貴船へと道を下る。

登りより下りがキツイと言われるけれど、先月痛めた膝に来る。下りは、杖を使うより、手すりに掴まって、ゆっくり降りた方がいいみたい。
登ってくる、軽装も何も、ひらひらしたスカート姿の女性二人連れとすれ違った。大丈夫なのかしら?途中で諦めて下りてくるかな。

ふーふー、しんどいな、がんばろう。せっせ、せっせ・・・一生懸命足を運んでいると、やがて、聞こえてきた水の音!やったァ、もう少しだ!
道路が見える、川が見える、その向こうに神社が見える。貴船神社だ!ほーっと息を継ぐ。

山の降り口は登り口だ。同じように「愛山料300円」の札がかかっている。でもさ・・・。


貴船神社は、華やかで明るい。若い女性、カップル、鞍馬では見かけなかった外人さんのグループで賑わっていた。
縁結び、水の神様、人気なのだろうね。

見晴らしの良さそうな休憩所があった。ひとまず、そこで休憩。水を飲み、先週次男一家が来たとき、「母の日包装で、少し早いけど」と、お嫁さんがくれた高級チョコとキャンデーを口に入れる。これで元気回復だぁ。
川のせせらぎを聞きながら眺める新緑のもみじ、綺麗だねぇ。写真を撮ろうと思ったけれど、私の写真ではこの色は出ないでしょう。隣の男性二人組が、何かのプランを練ってるらしく、「ここ、ライトアップに合わせて来たらいいんじゃないか」と言っている。
ライトアップかぁ・・・夜はもう無理だなぁ・・・花も、夜桜なんて、何年も見ていない。年よねぇ。

さすがに疲れて、境内を見て回る元気がない。奥宮だけには行って参拝して来よう。奥宮は、巫女さんがたくさんいて華やかだった本殿とは別世界のようにひっそりしていた。


駅までの道を歩き始める。
人気の川床料理。少し想像と違った。ここは、川幅が狭く、左右に梁を渡せて安定しているのだろうけど、川は川でも、渓流だよね。ゴーゴーと流れる川の音は、暑い夏には清涼感たっぷりなのでしょうけれど、私、案外臆病だから。
お店の人が、女性グループに声をかけ、車で駅まで送りますから、と誘っている。もうお昼過ぎだものね。結局、鞍馬から歩き始めて、2時間半くらいかかったのかなぁ。

貴船口駅まで27分、という看板が見える。25分でもなく30分でもなく、なぜ27分なのか、わからない。とにかく歩こう、歩いていれば着くでしょ。と、バス停が見える。バスなどいつ来るかわからないけど、あれ?大勢並んでいる。人が沢山並んでいるということは、もうすぐ来るんだ。私も並んでみよう、と、並んだとたん、バスが来た。なんてラッキーなんでしょ。

叡山電車を降りたら、出町柳で、友人が教えてくれた「鯖寿司ふた切れとおうどん」食べていこう。
ん?商店街ってどこよ。チラシを配っていたインド料理店の人に聞く。「商店街、行きたい?橋を渡って、また渡って、その向こう」と教えてくれた。カレー食べなくてごめんね、と言ったら、にこっと笑ってくれた。

鴨川を渡る。左手は、下鴨神社に行くんだ・・・。通りの向こうに人の列が見える。あれが有名な豆大福の「ふたば」か。
目指すお店はすぐにわかった。わかったけど、シャッターが下りている。えーっ!休み?通りかかったおじさんが、「珍しい。これは突発的な休みだな。普段、休む時は、ちゃんと札をかけていくから」と教えてくれる。
仕方ないので、「ふたば」で豆大福と柏餅味噌餡を買う。これも通りかかったおばさんが、こんなに人が少ないのは珍しい、と教えてくれた。いつもは、長い行列になるらしい。ついているのか、いないのか。
どこかでお昼を食べていこうと思ったけれど、面倒になって、いいや、大福と柏餅で昼にしちゃおう。

ホテルに戻って、お茶と大福のお昼だ。コシのある厚くてしっかりした皮。これは、ふにゃふにゃの大福じゃない。お餅だ!そういえば、「餡の入らない豆餅終了」という札が下がっていたっけ。そう、豆餅の中にアンコが入っている、という感じ。
柏餅も食べてみる。これまた皮がしっかり。味噌餡も美味しい。十分なお昼になった。

まだ時間も早いでの、行こうと思えばどこかに行けたのかもしれないけど、足もパンパンで、もう一つどこかに観光、という気持ちになれない。そう欲張って、あちこち見て歩かなくても。今日は今日で、思うこと沢山あった。来てよかったなぁ、と思ったもの。
明日は明日で楽しみが待っている。明日に備えて、少し休もう・・・横になったら寝てしまったT_T

夕方、お土産を買いに駅まで行く。買いたいお酒があったんだ。駅ビルの酒屋さんにあるらしい。お菓子も少し買っておこう。麻雀会で配るのは「飴」でいいや。
ついでに、夕飯用のお弁当とビールと。一人で外で食べてもね。
明日は、友達がお昼を誘ってくれている。ふふ、なんて嬉しいんでしょう。楽しみなんでしょう。


鞍馬の霊気というものについて、調べればいろいろ出てくるのかもしれない。
ただ私は、登って降りてこられた、その達成感でいっぱい。普通のハイキングコース程度の道のりだったかもしれないけど。
パワーをもらえたとしたら、自分で歩いたことの満足感。
お仕着せのツアーでなく、誰かに連れて行ってもらうでなく、一人で行ったこと。
一人で行くの?誰かいないの?と妹は言っていたけどね。誰が私と旅行してくれるというのよ^0^
旅行券くれた長男に感謝。
そして、今、なんだか夫の最後が可哀想だったな、と。やっと持てた自分の家で、やっと暮らせた、ほんの一年。
最後の一年、幸せだった?うれしかった?・・・ごめんなさい。
旅行会社に勤める先輩のプランとはいえ、私達、なんで「赤目四十八滝→奈良→京都」なんて新婚旅行したんだろうね。
笑っちゃうね。

京都に行った(2の1)

2年くらい前だったと思う。あるサイトで「鞍馬・貴船」という紀行を読んだ。疎い私は、それが京都だということが、すぐにはピンと来なくて、何か不思議な怖いようなものを感じながら読ませて頂いた。
鞍馬山を登る。貴船にたどり着く。
簡単に言うと、そういうことだけれどm(_ _)mその中に込められたもの。その人にはその人の「行かなければ」という思いがある。
突き動かされるものを持った人の足取りは、強く、早く、息吹が伝わるようだ。九十九折(つづらおり)、木の根、やがて聞こえる川の音・・・一枚の絵、一枚と言っても、長い巻物のようなものかな、を見たような読後感が残った。
「女性の一人歩きは勧められない」 「午後2時には下山を始めたほうがいい」 「鞍馬から貴船へと行くべき。貴船から鞍馬ではなく」そんなことも書いてあったように思う。
私には足を踏みいることのない場所なんだ、そう思っていた。

それが、昨年、新聞の日曜版に 「近うて遠きもの・・・鞍馬のつづらをりといふ道」 という清少納言「枕草子」の言葉と共に、鞍馬寺の参道、九十九折の写真が載っていた。
新緑の中登る参拝者たち、それは、鬱蒼と深い山に入る、というより、爽やかな初夏のハイキングのような雰囲気だった。私にも行けるかな・・・

その記事には、「絶望の中で書かれた機知」として、清少納言の枕草子が、どういう状況で書かれたものであるか、ということに触れられていて、それなりに面白かったけど、正直、それほど興味がないT_T
ただ「近うて遠きもの」という言葉には、惹かれた。
「近うて遠きもの」かぁ・・・私だったら、そのお題になんて答えるだろう。
ま、ここには拓郎ファン以外はいないということで、「吉田拓郎」にしておくかなT_T

で、京都に行くなら鞍馬・貴船に、と思ったのか、鞍馬に行きたくて、京都に行こうと思ったのか、わからないけれど、場所や行き方を調べ始める。ガイドのページもいくつかあった。貴船は人気なんだね。
パワースポットとか、霊気、とか、そういう言葉がよく出てくる。若い子の間で、パワースポット巡りが流行っていることは、数年前から言われているけど、何がパワースポットなのか、わかんないや。ここがそこだと知らなくても感じるんならすごいけど・・・と、また批判ばっかりの年寄り根性がT_T

朝の叡山鉄道「きらら」に乗りたい。出町柳8:40発。そこから逆算して、予定を決めていく。朝食は、ホテルの朝食は取らなかった。前日にパンでも買っておいて・・・それでもいいけど、それだと歩くパワーが足りなさそう。コンビニでおにぎりでも買って持ってく?その辺に腰掛けて一人で食べるのもみっともないなぁ。
有名なイノダ珈琲で「京の朝食」を食べていくことにする。
そこなら7時からやっている。一度は行ってみたかったし。観光客としては、いい選択かも。

経路を調べると、乗ったことのない電車の乗り換えは不安だけど、十分間に合いそう。ノートにしつこく時刻を書いてゆく。なんで地下鉄が「京阪三条駅」で、京阪電車の駅が「三条」なの?この乗り換えって何分かかるんだろ。
別に間に合わなかったら何時の電車になろうと構わないんだけどね。一人旅なのだし。
行き当たりばったりで、のんびりと・・・そうなれないのは、細すぎた夫の影響なのか、その「鞍馬・貴船」を書かれた方が、几帳面に時刻を記していくのに感心したからなのか・・・ほんとは、私、大雑把なんだけどね。

前日の疲れでぐっすり眠った・・おかげで、朝早く目が覚めてしまう。アラームも何も、4時半頃起きてしまうのだから。家ならパソコンで時間潰すんだけど。
仕方ないので、朝食の前に、近くで寄れる所がないか、詮索してみる。イノダ珈琲の近くに「六角堂」というのがあった。拝観は6時からだって。よし、そこに寄ろう。
6時前にホテルを出る。細かい雨が降っている。パーカーを羽織る。
初めての地下鉄でも、行けば、ちゃんと乗れるものだ。京都は昨年あたりから「PASMO」や「Suica」使えるようになっていて、やっぱり便利ですよね。ICカード。マゴマゴしなくて済むもの。
烏丸御池、普通に「からすまおいけ」と読めばいいのだと、電車のアナウンスで知った。オフィス街なのですね。

何も知らず、ただ近いからという理由で時間潰しのように来てみた六角堂だけれど、由緒あるお寺なのですね。その厳正な中にも親しみを感じる佇まいに、ふーっと息を吐く。感嘆という言葉は、ちょっと違う。ふーっと息を吐いてまっすぐ立ったら、お腹が平らになった、というか。これって、最近体操をやっているからの感想?^^;
聖徳太子が創建された、いけばな発祥の地などの説明を読む。

小雨降る早朝、すでにお参りをする人が、ちらりほらりといる。出勤途中だろうか、スーツ姿の男性が、さっと参拝して行く。地域に密着しているんだ。
お線香を持った女性が「火がなくて」と困ったように言う。炭団の火は消えている。ロウソクはあるけれど、点っていない。参拝は六時からと書いてあったけど。そうこうするうち、納経所というのか、戸を開ける人がいる。
尋ねると「また火は入れていない」。その女性は「では、中の火を使わせてください」・・・私には、なかなか、そんなふうに言えないなぁ。諦めて帰るか、火のついていないお線香をそのまま挿して行くかだわ・・便乗して、私もお線香を二本頂いて、お参りをする。

地面に着くまで長く伸びた柳の枝に結ばれた御籤の神が、白い花のよう。
十六羅漢という小さなお坊さんの像があった。

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「和顔愛語わげんあいご」というのだそうで、いつもニコニコ優し顔で穏やに話すよう心がければ、必ず良い報いがある、ということらしい。笑顔と優しい言葉、というのは、私に一番足りないところだ、と、わかっていても、そうならないんだよね。そうしよう、と思って、そう出来たらどんなにいいだろう。

7時までは、まだあるけれど、私のことだ、きっと迷うでしょう。案の定、地図を見ても、自分のいる通りがわからないT_T
観光客らしい二人連れが通ったので、聞いてみる。日本語が通じないT_T 
自分で探そう・・・歩き始めたら、様子を見ていたらしいご老人(男性です)。雨も上がって、くるくると巻いた傘をステックのようにすっと差し、「本店ならここをまっすぐ行って、次を右に曲がる、三条店なら向こう。」
さすが、京都のご老人というべきか、背筋もしゃんとして、言葉少なく的確で、お礼を言ったら、軽く頷いてさっと去っていった。

テレビで何度か見たイノダ珈琲の店内。思ったより広くて、街のホテルのティールームみたい。
2階も別室もあるようだ。

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お年を召された方が、数人、ポツポツとコーヒーを飲んでいる。皆お一人なのが、ちょっと見られない光景だ。いいですよね、皆さん、お洒落で。

高田渡のコーヒーブルース
♪ 三条に行かなくちゃ 三条堺町の イノダっていうコーヒー屋へね

あ、この歌は三条店だった。

「京の朝食」を注文する。量が多そうで食べきれないような感じがしていたけど、ミーハー観光客だもんね
・・・ほんとに多かった。山盛りの千切りキャベツと、スクランブルエッグは卵一つ分じゃないよね。分厚くて大きなハムを軽くソテーしたもの二枚。ミニトマトとグリーンアスパラとスナックエンドウと人参ソテー。
オレンジにクロワッサンに、ジュースとコーヒー。食べ始めて、あ、写真撮ればよかった・・・
いつもそう、撮ってから食べる、というのが身についていない。というか、料理は、出されたらすぐに食べよう、と思うのだ。自分の料理も、滅多に撮らない。私などモタモタして、熱いものが冷めちゃうからね。

美味しいかもしれない。でも、驚く程でもないような・・・ごめんなさい。
お店の雰囲気はとっても素敵。店員さんも感じいい。ここの、ミルクとお砂糖を入れてきてくれるコーヒー、好きだ。もっと軽いモーニングがあったらな。

常連なのでしょう。お年寄りたちが、声を掛け合い、同席して、親しげな笑い声が聞こえてくる。朝のひと時、こういう店で仲間と過ごすのね。いいなぁ。

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トイレに立ったら、インコがいた。


さて、今度は東西線というのに乗らなくちゃ。まっすぐどんどん歩いたら、東西線の入口があった。
「京阪三条」→「三条」の乗り換えも、そうよね、みんな乗り換えるんだものね、難しいわけはない。東京の地下鉄のようには込み入ってない。
「出町柳」には、早く着いた。来た電車を見送って、ホームで次を待つ。
やっぱり私は夫とおんなじことをしている。早め早めに。
ゆっくり行ったって、同じ電車に乗るのなら、結局時間の無駄遣いをしているのかもしれないのにね。

でもまぁ、そういうわけで、無事乗り込んだ「きらら」は、先頭に座ることができて、運転手さんの後ろから左右に青もみじを見ていた。
叡山電車というのは、沿線に学校も多くて、登山電車のような趣は、終点の数駅前からだったけど。

鞍馬駅に着いた。
天狗のお面が出迎えてくれる。
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小さい頃見た映画や紙芝居の「鞍馬天狗」は、ここから来ていたのか。
私には、鞍馬天狗と言ったら、やっぱりあの頭巾をかぶった正義の味方だわ。さすがに嵐寛寿郎は知ってるけど古い。東千代之介とかさ。


_続く_

京都に行った(1)

一昨年の誕生日に、長男が旅行券をプレゼントしてくれた。
どこへ行こう・・・うれしいからこそ、無駄には使えない。ゆっくり考えようと思っているうちに、今年秋までの有効期限が迫ってくる。
そうだ!京都に行こう!

京都に行くなら、まずは清水寺。なんてありきたりなんでしょ。夫と行った新婚旅行の京都、清水寺の舞台で、お水を受けようと柄杓を伸ばす私の写真が可愛いから・・・なんてね。

もう一つ、京都で、行きたいと思っていた場所がある。新聞の切り抜きをファイルに入れて、今も時々読み返す。それは二日目に。

旅行券は宿泊に使わせてもらって、新幹線は、以前名古屋や山形に行くのに重宝したジパングに入ろう。会費も安くはないけど、一度往復すれば元が取れる。
花の季節は混雑この上もないというし、高い。GW後の平日がいいかな。新緑の京都も良さそう。案外穴場かも。
この際だから、ちょっといいホテル、とも思ったけれど、ケチな私は、半分とっておけば、もう一度どこかに行けると思う。どうせ寝るだけだもの、清潔ならどこでもいいや。
旅行って、目に見えないところでお金使うよね。小さな土産、休憩に飲むコーヒーや、目にとまった美味しそうなもの・・・ケチケチするのも楽しくない。そっちに使おう。

最初、昼前に着く新幹線にしようと思ったのです。けど、外人客や修学旅行生でいっぱいであろう京都の、「誰もが行く」定番コース。
バスでなく、電車+徒歩の行動を予定を組んだけど、いっそ早い時間から行動することにしたらどうだろう。
朝はゆっくりと思えば、ゴミ出しだの、洗い物だの、掃除機もかけて行こうか、等々用事を増やして忙しいだけだ。
準備をしっかり。当日は出るだけにして、6時台の「ひかり」にしようかな。(ジパングは、「のぞみ」は使えない)

たぶん、新幹線は空いている、隣に誰が座っているかわからない指定より、自由席の方が、きっと快適だ・・・そう考えたのは正解でした。3人掛けの席にずっと一人だった。
車内で前の日に聴けなかった「拓郎ナイト」の録音を聴くつもりでいたけれど、何か違う。気分が違う。
拓郎を忘れて、景色を見よう、のんびり旅気分を味わおう。HPに伝言するのでなく、持参したメモ帳に書いておこう。
そういえば、コンサート会場で、せっせとメモ取る人がいたっけ。メモした言葉の断片からライブを蘇らせる、それは、素敵な驚きであったけど。

まだ田植えは済んでいないのかなぁ・・・ぼんやり外の景色をを眺めていたら、あ!「つ・ま・恋」の看板!外していないんだ!あのままなんだ!写真など撮る暇もない。
「ただいま掛川駅を通過しました」と電光掲示板が。通過してから知らせてくれたって。拓郎忘れて、のはずだったのに。


右も左もわからない京都駅。とりあえずコインロッカーに荷物を入れる。
あたりはそう混み合っている雰囲気でもない。無理に電車を乗り継いで歩かなくても、バスで行けるかも。バス停の様子を見て考えよう。
目指すバス停には人が並んでいたけれど、長蛇というほどでもない。係りのおじさんは手馴れたもの、上手に乗客をさばく。バスで大丈夫そう。
私の数人前でいっぱいになったので、次を待つ。たしいた時間ではない。乗ると、「清水寺は前、銀閣寺は後ろ」との指示がある。どちらかというと、銀閣寺の方に惹かれるけど、清水寺決めたのだから。
一番前に座って、道、すいているじゃん、あれは三十三間堂だ、京都だねぇ、などとボーッとしていたら、15分足らずで着いた。
どちらに向かって歩く、と考えることもない。人が向かう方に行けばいいだけだ。左右に分かれた道は、右の「ちゃわん通り」にした。
通りの名前通り、瀬戸物やさんが並んでいるけれど、お土産品の瀬戸物買ってもね、と思っていたら、小さなフクロウの置物が。一つ一つ形や表情が違う。500円か・・・。

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夫が生前、やけに「フクロウ」「フクロウ」と言っていたので、フクロウの物を見ると、つい買いたくなる。
仏壇にお供えしよう。

清水寺は、外人さんも修学旅行生も当然大勢だったけれど、普通の観光地でも、土日ならこのくらいは。

改修中なのは承知の上、とは言っても、資材で囲まれている姿、眺めのいい遠くから見渡せば、お堂の上から黄色いショベルカーの先っぽがニョキッと覗くのは、なんだかね。

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40年前の新婚旅行で夫に撮ってもらった写真と同じポーズの私を私が撮れるわけないのだし。
でも、新緑の中、あれは何の塔?なんというお堂?・・・自分のペースで、のんびりと見て回るのは楽しかった。

「随求堂(ずいぐどう)胎内めぐり」というのもしてみる。
靴を脱ぎ、真っ暗な中に入ってゆく。ほんとの暗闇。左手に掴んだ縄だけが頼りだ。怖い。どこまで続くんだろう、と思った頃、ぼーっと明かりが見える。
微かな灯りを放つ石に、手を置き、こういう時願うのは「家族の平穏な心」それしか浮かばない。
「こういうものは・・」と批判するのは簡単だし、以前の私なら、やらなかったかもしれない。でも・・・ほんとに暗かった、見えた明かりにホッとした。それでいいじゃん。
おみくじも引く。おみくじというより助言だ。「年をとれば足腰も弱ってきます」だって。くっ。

これまた定番の、産寧坂、二年坂を通って八坂神社に向かう。
修学旅行で、夫との旅行で、通ったこの通りは、50年前、40年前と変わらない。そりゃ、人も店も、賑わい方も変わっているのだろうけど、坂そのもの、というか、街の作りは、そう変わるものではない。人が太っても痩せても、骨組みが変わらないように・・・少し違うか。
ちょっとお腹が空いたかな。お昼、混まないうちに、たって、入る店がない。どれも値段は張るけれど、実際がわからなのだもの。
それに、明後日、帰る日に大切な友だちが、ランチの予定を組んでくれている。それが楽しみだから、京料理のようなものは食べないでおきたい。

ささっとうどんかお蕎麦でも・・・こういう時、○○うどんのチェーン店が、あったら便利だなぁ・・・あるわけないけど。仕方ないから九条ねぎの蕎麦、というのを食べに入る。

関西のうどんのお汁はとっても美味しいと思うけれど、蕎麦にもこういうお汁ってどうなのよ、うどんと蕎麦って、家庭でもお汁変えるよね、と関東生まれの私は思ってしまう。
美味しいことは美味しかったけど、なにせ、量が多い。残すのも失礼かと・・・ふーっ、食べるのに疲れた。
元のように沢山食べられるようになった私だけれど、ものによっては食べきれないんだ。
「量を減らしてください」それが店にとって、案外面倒なことを知っている私は、なかなか、そう頼みづらい。


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二年坂に向かう角が嫌に混んでいる。行ってみてわかった。写真渋滞だ。京都の趣十分な坂、写真を撮ろうと・・・今時は、景色の写真でなく、自分の写真を撮りたいのだもの、時間もかかるわ。


修学旅行生が急に増えた。やっぱ、朝早い行動開始に限る。
今時は、中学生でも自由行動が多いのね。お昼もめいめい好きな店を選んで入る。「修学旅行生割引」という張り紙も目に付く。何食べる?どこに入る?・・・楽しそうだね。

私が中学の頃は、「日の出号」に乗って、京都についたら、バスに乗せられ、降りたら、紺色の制服を着たガイドさんの旗について行き、金閣寺など。
見たら、また次。どこをどう見たのやら、どんな説明があったのやら。お昼ご飯をどうしたのかも覚えていない。お弁当が配れたのではなかったっけ。
夜は「正露丸」を飲まされ、嫌だったなぁ・・・こっそり捨てた。

みんな言うの。京都?修学旅行で行った。でも、全然覚えていない。大人になってからこそ行く所ですよね。
「私、新婚旅行で行った。」すると、「まぁ、修学旅行みたいな」・・・とはハッキリ言わないか。自分で、「修学旅行みたいでしょ」と先制してるのか。

「七味屋」さんで七味を買う。私用には七味、長男には辛口一味だ。あの子は、七味のぶつぶつが嫌だと一味にしてる。そのブツブツと香りが美味しいのにな、と私は思うけど。

みたらし団子だのなんだの、美味しそうなのに、お腹いっぱいで食べられない。お蕎麦をちょっと後悔する。
買う気もないのに、あの店、この店と、入ってみながら、、二年坂を下りてゆく。適当にあちこち曲がってみては、路地を楽しんで歩く。

途中に「酒屋さん」があった。店構えはひっそりと地味なのに、並んでいる京都のお酒の銘柄がすごい。あれもこれも買いたいな。宅配便で送ってもらおうかな・・・いけない、いけない、つい気が大きくなってしまう。
「買っておけば、みんなが来た時飲める」「飲んで欲しい人に送ろう」・・・そういうのはやめよう。

八坂神社だ。


祇園四条駅まで歩き始めたら、ポツポツ雨が降り始める。ちょっと休憩。
まだ一時半。ホテルに行く前に、もう一つ行けるよね。
検索すれば、いろいろ出てくるけれど、スマホで地図を見るのは苦手なので、路線図だけはコピーして手帳に挟んで来た。
京阪電車でここから5つ目に「伏見稲荷駅」がある。今や外人さん人気ナンバーワンだとか。近いし、手頃かな。


駅で降りると、結構な賑わい。参道には屋台も並び、下町のお祭りのような雰囲気もある。
お稲荷さん、キツネさん、馴染んだ光景なのかな。

ここが千本柱か・・・テレビや雑誌で見かけた。CMでもやっていた。赤い鳥居がずーっと続く。
・・・のだけど、外人さんも、浴衣姿の若いカップルも、グループも、写真を撮るのに夢中で、そこが通路だろうが、人の流れを妨げようが、眼中になし。人が団子になっている。
二年坂でもそうだったけど、撮りたいのは風景でなく、そこにいる自分なのだもの。
赤い鳥居をバックにした浴衣姿の自分を、「稲荷神社に行ってきました」とインスタグラムにあげるのだろう。

そういえば、広島で厳島神社に向かう船の中、景色など全く見ず、自撮りに夢中だったグループのはしゃぎ声がうるさかったなぁ。それも若さというのもかとも思ったけど。

私は、写真を撮る気などなくなって、山の上まで登ってみようかな、と、変な反抗心を起こす。
折りたたみの杖はバッグに入っている。30分くらいだと言うし。雨も止んだ。

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少し登っただけで、人が少なくなる。ここまでくれば、周りも静かで、思う存分撮れるのに。
そういうことはしないのか。
もっとも慣れない浴衣姿で山登りは出来ないけどね。


「インスタ映え」という言葉があるのだそうだ。確かにここは「インスタバエ」する。
「インスタ映え」のする写真を撮るために、並んで人気のお菓子を買う。見映えのする料理を作る。それはそれは上手に撮る。
旅行する、お参りをする、行けば、自撮りだ。
何か違う、と思うのは、おばさん、おばあさんの証拠かな。

ま、いいや。
それにしても思いつきで登る山のきついこと。行き交う人も滅多にいなくなった。なぜか白人系の外人さんが多い。やっと着いた、と思った神社があった所は、てっぺんではなく、そこから20分もあるのだそう。
巫女さんに、「今日は涼しいからここまで登つて来られたんですよ」と慰め?られる。
えーっ。ここからさらに20分?でも、せっかくここまで来たのだから、最後まで。
それも、明日のいい練習になる。気を取り直して、また登り始める。杖があってよかった。
途中、若い男の子のグループに遭遇したので、「もうすぐですか」と聞いてみる。
汗だくの男の子は、「まだまだ先です」だって。うへぇ。

上が見えない急な階段を何段も登る。どこまで続くんだろう。とっくに20分以上は歩いている。
さっき一緒だった外人さんと、また一緒になる。微かに「しょうがないね」とでもいうように、首をすくめたような。
まだぁ、もっと先ぃ?20分など嘘ばかり。登れば降りなくちゃならない。帰りもあるんだよね。一人でブツブツ言いながら、とにかく歩く。

と、ここ?拍子抜けするほど、普通の場所だった。見晴らしが良いわけでもなく、神々しい雰囲気があるわけでなく、普通に「末広の神様」が祀られていた。
ここは観光地でなく、信仰の山だもの、登ってくることに価値があるのだろう。
売店には、飲み物の自動販売機と、暖簾と手ぬぐいと。
いつからか登ってきているカップルの男性が「ここが頂上です」というものがあれば、売れるだろうに、何もないじゃないか、と言ったけれど。
手ぬぐいを見せてもらう。「朝夕に 願う心の届きなば 恵ぞ深き 末廣の神」。
以前あった御籤の大吉の詞が書いてあるんですよ。おじさんが説明してくれる。
青に染め抜いた山と鳥居。黒い文字の地味な手ぬぐい。「一つ頂きます。」すぐにそうやって買うから^^;

さて、帰り、5分ほど近いという別の道を下る。
知らない所に行くのは遠いけど、さっきいた所に戻るのは近い。足には下りの方がキツいけど、気分はスイスイ。
途中「おもかる石」というのがあった。願い事を三度、心から念じれば、軽々と持ち上がる石らしい。
試してみようと、三度念じたけど、ビクともしない。私の念じ方が足りないのね。 
通りかかった外人さんが、石を持ち上げようとする私を見て、「手伝いましょうか」とでも言うように近づいてくる。
私はノーノーと、横に手を振った。

あっちにもこっちにも狐さんがいる。お稲荷さんだもの当たり前。
油揚げに詰めたお寿司を「おいなりさん」というのはわかるけど、狐が、どうして油揚げが好きなのかは、わからない。
人間に狐人間と狸人間がいるなら、私は狸の方だ、とずっと思ってきたけど、狐に近づいて来てるかもね、
とか、わけのわからないことを考えながら、下る。
駅には4時を目標にいしてて、せっせと下っていたら、これから登る人もいる。大丈夫なのかな・・・

京阪に乗って東福寺で乗り換えなくても、すぐ近くのJR奈良線「稲荷駅」ならほんの二つ目なことに気がついた。
京都駅、コインロッカーの荷物を出し、ホテルまで歩く。
シャワーを浴び、さっぱりしたら、夕方からどこかに出ようとも思ってたけど、面倒になった。手軽に済ませよう。明日も早いし。
明日は。鞍馬・貴船に行くんだー。

藤の花

ずっと藤を見たいと思っていた。
あちらこちらで、藤棚は見るのだけど、なかなか咲いているのに遭遇したことがなかったから。時期的にGW後半というと、子供たちの都合もあり、なかなか出づらいんだよね。
藤の花を見たいなんて思うようになったのは、「年」かなぁ・・

足利フラワーパークの映像を見ては、なんて綺麗なんだろう、と感嘆するけれど、そこまで行くのは案外遠くて、面倒な感じ。といって、バスツアーのようなものに参加する気もないし^^;

一月に亀戸天神に行ったとき、そういえば、ここは藤で有名。この藤棚の花が一斉に咲いたら、どんなに見事だろうと思ったけど。

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そうだ、亀戸まで行かなくても、もう少し近くて、混雑していなさそうな神社があった。
新しくなった調布駅にも降りてみたいし。

二週間近く前のこと。まだ満開じゃないのはわかっていた。
でも、これだけ咲いていれば^^
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ただ・・・神社のお休みって考えたことなかったけど・・・
お賽銭箱も出ていない。なんだか寂しい雰囲気。
社務所には「ベルを押してください」と書いてあったけど、ガラス戸を覗くと、人がいる。そっと入ってみたら、奥さんだかお母さんだか年配の女の人が、「すみませんねぇ、私も手が悪いもんだから、このおみくじも、御守りの見本も外に出せなくて」
「月曜だから人も少ないだろうと、朝から研修旅行に行っちゃって、遅くまで帰らないんですよ」

たくさん並んだ御守り。これがあの藤の実が入っているという期間限定御守りか・・・1000円もする。高いとか安いとかそういう問題ではないだろうけど。買うのじゃなく、頂くのだし。
私は、いいや。
参拝出来ないのに、物を買って帰るのも変だしね。

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きつちり閉まったガラス戸の向こうにお賽銭箱やあれこれ(なんというのかわからない^^;)がしまってあるのが見える。開けてみようとしたけれど、鍵がかかっているみたい。ガラスの隅が少し割れていて、そこから手を伸ばし、お賽銭入れる?・・・まさか。

そうねぇ、用事があったり、体調が悪ことだったあるだろうし、神主さん不在なことは珍しくもないこと。でも、代わりに開ける人がいない、って?
この神社は結構「千年藤」と宣伝もしていて、あたりは藤の写真を撮る人もチラホラいるのに。

なんだかよくわかんないなぁ・・・ふと見ると、手水舎というのか、水がない・・・ないのでなく、センサーで、柄杓や手を差し出すと水が出てくる。最近はこうなってるんだ。

なんとなく、井戸だろうと水道だろうと、コンコンと湛えられた水で清める、というイメージあるから、カラカラに乾いた石の上に水が必要な分だけジャー、というのに違和感がある。そんなこと言ったって、水の出しっぱなしは勿体無いのよ、と言われるのだろうけど。

藤の花は綺麗だったけど、釈然としない気持ちで、降りた調布。え、なんでこんなところにホールが?と思ったら、南北が繋がったのね。明るく便利になった。懐かしいなぁ・・・


先週、自治会館の裏に回ったら、あら!藤が満開。
藤棚あったんだ・・・一本の木で、見事なこと。
「灯台下暗し」・・・とは違うか。
電車に乗らずとも、徒歩3分で藤の花を見ることが出来た。
これで満足しておこう。

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咲いた!

キッチンで洗い物をしていたら、右の視線にピンクを感じる。
凸凹したすりガラスの右端にふわんとピンクのかたまりが。
あれ?表に出てみたら、あら!秋海棠が・・・咲いてるじゃん!

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伸びすぎた上、枝が絡まって始末に負えなくて、なんだか元気もないし。一昨年、ばさばさと切ってしまっていたのだった。

植木屋さんの手間賃もバカにならないし、頼んだって、すぐ伸びるT_T私に庭の手入れは出来ない。あーあ、と庭が重荷で憂鬱だったんだ。
中古のボロでもいいから、庭のある家が欲しい。手入れは自分でするから、と言ったくせに、さっさと亡くなってしまった夫がうらめしい。

秋海棠のこともすっかり忘れていた。
私が適当に切った木は、低くなってしまい、不格好だけれど、咲けば、やっぱり綺麗だ。鮮やかなピンクがあたりを染める。


そういえば、私のデンドロビュームも、一応咲いたんだよ。
昨年3月、みんなで苗を買い、めいめい鉢に植えたデンドロビューム。今年2月、同窓会のように10人ほどで集まり、成長ぶりを披露しあったら、同じ苗なのに、これほど違うのか、というくらい差があった。
すでに立派な花をつけていた鉢もあれば、先生に「栄養失調ですね」とからかわれて落ち込んだ男性もいた。
私のは、花芽はつけていたけれど、立派とは言い難く、まー、通知表でいえば「2」くらいなものだったかな。
植物苦手だもんね。

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それでも、蕾が膨らみ始めるとうれしいもので、自慢したくて玄関に飾ったけど、息子は見向きもしやしない。

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咲いて、もう一ヶ月。そろそろおしまいかな。
今年は、先生が作ってくれたカレンダー通り、ちゃんと水をやり、肥料も間隔守って、来年みんなで持ち寄る時は、「よく育ってるね」と言わせてみよう・・・無理かも、だけど。
(ちなみに、もともと小ぶりの品種です^0^)

年に一度の、そういう集まりも良いものです。
市の無料講習も捨てたもんじゃない。

**追記*:nn? 今検索したら、あの木は秋海棠じゃない!じゃ、なんだろう・・・桜の一種??

好きになったよ女の娘

井上荒野もつまらなくなったなぁ、と思いながら小説を読んでいたのです。
79歳の妻と72歳の夫の名前が「百々子」「拓人」というのからして、なんだかな・・・その妻が夫を殺してしまう。「どうする?」という家族談義から始まるのだけど。
内容省略するとして、
終わり頃、女が百々子やその娘や息子たちと車に乗っているのですね。拓人さんに会いにいくと言われて。妙だと気づき始めた時、
「辿り着いたらあー」突然息子が歌いだす。馬鹿みたいに大きな声で。
「いつも雨降りいいー。そんなーことのおー、繰り返しいいー」
だまんなさいよ、と言われても黙らない。
「ところがおいらはああー、何のためにいいー」
・・・・
「ああここもやっぱりいいー、どしゃぶりさああー」

ちゃんと歌になってるじゃないの。歌詞の伸ばし方。
私はつい、合わせて歌ってしまう。拓郎だ! 作者は、モップスのつもりだったのだろうけど。ついでに「好きになったよ女の娘」も口ずさむ。


で、ここが私のおかしいところ。突然「ぼくのあたらしい歌」を思ったのですね。
DVDで見たこの歌、とってもいい曲だった。演奏、素敵だった。歌詞を読めば、悪くない。なのに、歌になったとき、なんだかなぁ・・・ピンと来ないのはなぜなんだろう。拓郎の声もいいのに。

もしも、「好きになったよ女の娘」のままだったら、どうだったんだろう。素直に、良い歌だよ、と言えたかどうか。「たどりついたらいつも雨降り」の原曲だからこそ、こっちの方が面白いという面もあるのじゃないかしら。
勿論、最初から、あのメロディは只者ではないと感じていた人もるかもしれない。でも、私のように鈍い人間は、そのままだったらいい歌だと感じなかったと思う。

「ぼくのあたらしい歌」も化けるかもしれない。けど、今は、何か嫌なんだ。「愛してるってなんてテレくさいんだ」の言葉が曲に乗ってしまうと、やにさがった拓郎が浮かんでしまう。
「作ったんだ」「書いたんだ」「好きなんだ」・・・昔なら、こんな語尾もうれしかったんだけどね。

歌って不思議だ。メロディと言葉と声と、三つが三つではない力を持って、生まれ変わる。その変わり方に、私の理解が及ばないということなんだろうけど。