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映画を見る

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先週のことだけど、映画を見に行ったら、「この世界の片隅で」の予告編をやっていた。公開は、まだ先なのじゃなかったっけ。

バックに流れる音楽は「悲しくてやりきれない」だった。
「どうしてこんなに悲しいんだろう」じゃないんだ・・・


テアトル新宿は、すごーーく久しぶりだ。「赤目四十八滝心中未遂」以来じゃなかったかしら?もう10年以上も前だよね。車谷長吉さんの原作に一言、「吉田拓郎」の名前が出てくる、それだけの理由で小説を読み、全く関係ないのに、映画も見た、という単純さ^^;その車谷長吉さんが、昨年亡くなった時、読み返そうと思ったら、私はドサドサ本も処分して
いたのでした。

で、見た映画は「リップヴァンウィンクルの花嫁」。
う~ん、話の筋が予想と違っていたかな。少女漫画みたい、と思った。監督は黒木華さん撮りたかっただけなのかもね。
映像も綺麗で、黒木華さんのウエディング姿は美しく、綾野剛はぴったりの役柄で、結構面白くて、3時間はあっという間だったけど。

Coccoが、こんなところにいたんだ、と懐かしいような、新発見のような。いつの間にか消えた、と思っていたら、ちゃんといた・・・
全くどうでもいいけど、私、学生時代4人グループの中で「こっこ」と呼ばれていた^^; それでCoccoが出てきた時、あれ?っと思ったんだけど。
こっこ↓と下がるのでなく、こっこ↑と上がる感じ?初めてピザを食べたのも、初めてカンパリソーダを飲んだのも、彼女達とだった。「大いなる人」発売よりもずっと前からカンパリ飲んでたよ、と変な自慢。その誰とも、今の苗字も住所も知らない。いつも待ち合わせしていた銀座阪急デパートも、もうないんだっけ。


そんなに映画は見ないけど、映画館に閉じ込められる感じ、この家から脱出している感じ、それが味わいたくて、何か見るものないかなぁ、と探すことがある。
綾野剛さんには、重たい役もやってほしい。

ワン・モア__桜木柴乃

友人との待ち合わせに少し長い時間電車に乗る。そういう時は拓郎聴こうと・・・あ、iPodの充電忘れた!
乗り換え口のコンコースにある本屋に寄った。手軽に読める薄い小説がいい。ぱっと手に取り、ぱらっとめくったら「拓郎」の名前が飛び込んできた。登場人物に「拓郎」がいる。それだけのことで、この本に決めた。桜木柴乃さん、わりと好きだし。

いい小説だった。
短編が積み重なる長編小説。最初の「十六夜」を読んだときは、遅れて漂う「ためらい月」のような物語かと思ったけど。まぁ、「上弦の月」のような。いえ、月でなく「おひさま」のような。人が死ぬのに、先を信じられうような。

「拓郎」がでてくるたびに、なぜか照れてしまう。後半「拓郎ちゃん」などと呼ばれるのだもの。「拓郎ちゃん」の歌が浮かんだり、きゃっきゃと恥ずかしがったり。
平凡でいい人で、余計なことは何も言わないけれど、死を受け入れなければならない人の傍らに自然にいる。いいな、こういう人が最後にいたら。

だいたい、作家が「拓郎」という名の人物を設定したからといって、吉田拓郎を意識しているわけはない。繋げてしまうのは、私の勝手だ。勝手だけれど、「志田拓郎」って、「よ」をつけたら拓郎じゃん、と思ってしまうT_Tこんな小説の読み方をする人っていないよね。
「分類設定」を「本」にしたけれど、「拓郎」にした方がよかったかしら。

・・・などということ抜きにして、私はこの小説が好きだ。短編一つ一つにも味わいがあって。織り成される長編は力強い。それぞれがどんな思いを抱えようと、子犬を抱いて記念写真に納まる最後も・・・「はい。チーズ」と。
ありきたりといえばありきたりだけれど、負担にならない小説の良さ。読後感が心地よい。
ホントは、最初の「十六夜」に一番惹かれているのかもしれなけど、いいんだ、漂う思いは。「朝陽がサン」で。


「朝陽がサン」オフ会のみんなは元気だろうか。

私の記憶が消えないうちに__吉田日出子

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学生時代、男子達の間で、吉田日出子の話題で持ち切りだったことがある。歌がすごい・・・私は、歌手だと思っていた。いつしか、そんなことも忘れ、時折、目にする名前に、「俳優さんだったんだ・・・。」
10数年前、第二回フォークジャンボリーのフィルムが見つかり、公開されるというので見に行ったことがある。その時、あれ?司会のようなことをしているのは吉田日出子さん?・・・そうか、それであの時、話題になっていたんだ・・・かっこいい女性旗手のように言われていた。今、そのことに触れている記述は、あまり見当たらないけれど。

この本「私の記憶が消えないうちに」は、吉田日出子の記憶が消えないうちに、周り人たちが、吉田日出子という人、その自由劇場について記し、残しておこうという本なのかもしれない。高次脳機能障害という病が深刻化する前から長年にわたり行われてきたインタビュー。本人の肉声という感じがしないのは、彼女はもうこういう言葉では語れない、語っていないということを感じてしまっているからだろうか。

それにしても、自分の記憶が欠け落ちてゆく・・・それを知ってしまう恐怖は、どれほどのものだろう。それを受け止め、受け入れ、越えてゆく勇気・・・私だったら、とても持てそうにない。

2007年、「いつもの道がわからない」意識がストンと穴にでも落ちたかのような恐ろしさ、台詞がぼろボロこぼれ落ちてゆく悲しさ。病院で検査を受けた吉田日出子さんは、「高次脳機能障害」との診断を受け、舞台を降板します。

そして、2010年、16年ぶりの再演「上海バンスキング」での復帰を果たすのですが。各公演当日開演一時間前にその日の配役が発表されるという異例の公演。主役がいつでも降板できるように、降板を前提とした、と言ってもいいかもしれない。共演者たちのフォロー、特製プロンプター
・・・。
31年前の初演当時、若かった共演者達は、皆もういい年だ。脚本を書いた串田和美さんが言う。「僕は最近耳が聞こえにくくなってね・・・デコは記憶力が弱っているんだろう。みんな、それぞれ何かあるんだから、お互い助け合って、面白い芝居にしようよ」。
実は高次脳機能障害であることを打ち明けた彼女に、舞台を務められるような演出を最大限考える。千秋楽まで全公演を演っ切った彼女は、もちろん素晴らしいけれど、支え合うみんなが素敵だ。誰が欠けても実現できなかった奇跡の復帰だったのかもしれない。


復帰は、元通りではないのですよね。あれからまた、突然歌を忘れるという悲しさに直面したり、でも、そこを乗り越え、また急に歌が蘇ったり。様々な波にもまれ、波乗りを楽しむこともあれば、波にさらわれそうになったり、それでも彼女は泳いでいる。

「記憶障害も注意障害も、遂行機能障害も社会的行動障害も恥ずかしいことではない」、「障害や認知症を恐れているばかりではつまらないでしょう。障害や認知症のある、なしで境界線を引かずに、ありのままの自分、相手を受け入れてやっていきませんか」

これから高齢化が進み、5人に一人は認知症になるとも言われている。どんなに健康な身体に生まれ、知力体力充実した陽のあたる道を歩いてこようと、次に何が待っているのか、誰にもわからない。若くても、事故で損傷を受けることもあるかもしれない。その時、自分はどう生きるのか。生きていけるのか。
それを考えたら、いま障害を持つ人をよそ者のように排除することなんて出来ないはず。いつか自分も通る道なのかもしれないのだから。

吉田日出子の肉声のように聞こえない、と書いてしまったけど、彼女が今一番思うことを、精一杯伝えようと周りにいる人たちが書かずにいられなかった「吉田日出子伝」。
彼女の言葉そのものなのかもしれない。


それにしても、本の後半に出てくる亡くなった人達の名前、あの人もこの人も。なんと多くの俳優さん、演劇関係者の方たちが亡くなっていることか。客席から身を乗り出すように声援を送り、「デコ、よかったね」と涙を流して復帰を喜んでくれた中村勘三郎さん、自分がまさか先に逝くなんて、思ってもみなかったことでしょう。
人は悲しいね。悲しいけど、生きている間は生きなきゃね。その時、どんな形でいようと・・・ちょっと自信ないけど^^;

「明日からはまた観客のひとりとして、ステージで歌う日出子さんを観る日が来るのを待ちたい」___ライター小峰敦子さんの後書きより。

無料貸本屋とは言わない

ここに越して来てから、よく図書館を利用する。
昔は、本は買って読む物だと思っていたけど。
それほど取っておきたいような本を読むわけじゃなし、溜まった本の処分にも苦労するのだし。
売るのにも抵抗あれば、ゴミに出すのにも心が痛む。何度、あーあ、と思いながら、紐で縛って集積所に運んだことか。
すっきり暮らそうと思ったら、本は要らない・・・。ネットで予約して、メールで「資料確保のお知らせ」が届いたら取りに行く。
利用勝手もいいのです。

売れっ子作家の人気本は、予約者数300とか、400とか。図書館側もそういう本は20冊とか30冊とか。
取り敢えず予約しておけば、忘れた頃には読めるのです。何か月待ってもいいような本は、だいたい、読まなきゃならないような本でもないから。

で、今回4冊いっぺんに「確保のお知らせ」が来て、借りたばかりの本もあるので、2週間で5冊。「寝る前の睡眠薬代わりの読書」では、読み切れないので、昼も読む。
そうすると、単純な私は、本の世界から抜け出せなくて、ぼーっとしてしまうのですよ。
ふと、顔をあげると、今何時だっけ?・・・慌てて冷蔵庫開けて、ばたばた・・・頭の中は読んだ本でいっぱい、というように。

読んでいたのは、そんなに大変な本ではない。
発売されてすぐに予約したので、そう待たずに読めた。

角田光代「笹の舟で海を渡る」、川上弘美「水声」、篠田節子「長女たち」・・・うーっ、偏っている。

角田光代さんは、出来不出来と言ったら申し訳ない。好き嫌いかな・・・結構差があって、今回の「笹の舟・・・」は、なんだかな、の部類です。
こういうことを書こうとテーマを持って、ほんとのところあまり理解できていない世代を主人公に持ってくると、ぎくしゃくしてしまう。「ツリーハウス」もそうだった。
出す本、出す本、毎回何らかの賞をもらうけど、どうなんでしょ。私は、やっぱり「空中庭園」が好き。


川上弘美さん「水声」・・・水の声って、なんんなのだろう。水の音・・・音ではない、「声」なのだから。
流れるものも発する声、溜まりゆくものの声なき声。
きっと、姉と弟の、という形に囚われてはいけないのだと思う、そういう関係に読むほうが惑わされては。
1969年、96年、間の86年。時は行きつ戻りつ、亡くなった「ママ」は、消えつ、現れつ・・・

ゆっくり読み返す、それが出来ないのが図書館で借りた限界かな。惹かれた言葉を、ここに写すことも出来ない。


篠田節子「長女たち」 一日で読み終わってしまった。
家と親を抱えて生きて行かなきゃならない3人の長女を描いた物語です。


偶然にも似たような(違うけどT_T)3冊を読んで、共通して思ったのは、「誰と暮らす」ということ。
誰かと暮らす、暮らしてきた。
これからは?
この先、長男と二人で暮らして行くのは、お互いあまりいいことじゃないなぁ、と思うのだけど。
「長女たち」のように長男がならないようにしなくては。と言って、「笹の舟・・・」の左織のような選択は納得行かない・・。

出来ることなら、「時々」あなたと暮らしたい、なんて思うこともあったのは、遠い昔のこと。
好きな人と一緒にいる・・・一緒にいれば、好きでなくなる、ということも知ってしまった今、誰とも暮らせない。これまで一緒に暮らしたことのない人とは、例え姉妹親子でも、きっと疲れる。
感がえてみれば、一人暮らしをしたことのない私。取りあえず、今は長男か・・・T_T

「水声」は、甘美だけれど、倫理にはずれていて、だからこそ、こういう暮らしもあるのかもしれないと・・・きっと自然でいたいのです。


「金田一家、日本語百年のひみつ」は、面白かったです。買おうかと思ってしまった。
でも、よくよく読めば、面白いけど、ちょっと底が浅い。そこが三代目の限界かな。

子供の時、なんだかわからないけど、目に触れた辞書にある金田一京助の名に憧れに似たものを持ったのよね。大学に行って、国語の勉強したい、って小学生の時思ったのです。親は、「可愛くない!」と。
初代は、いつだって偉大なのです。


一番面白かったのは、桜庭一樹「ほんとうの花を見せにきた」

これって、若い子が読むような本かもしれないけど。少女漫画みたいなのかもしれないけど。
バンブーという吸血鬼に助けられ、育てられる「梗ちゃん」。大人になるというのは、切ないことのです。ムスタファへの想い、大人になれば知らずに遠ざかる想いに、胸きゅんとして、年老いれば、やっぱり帰る昔。
抗う(あらがう)何度も出てくるこの言葉。生きることは「抗う」。

・・・拓郎の「RONIN」の歌詞♪我が友の苦しみに 我が友のあがらいに
この「あがらい」は、「あらがい」の間違いじゃないか、と突っ込んだあなたを思い出す・・・

3つの連作からなっているけど、どれも好き。どれも繋がっている、廻っている。

直木賞受賞の「私の男」を買いに行って、そっちよりもこっちだ、と買った「赤朽葉家の伝説」、やっぱり捨てられずに本箱にある。

それで、何を書きたかったというと、図書館は、有難いのです。
けど、ふと思う。30冊も購入した本、流行の本はすたれるのも早い。あとは、どうするのだろうか、と。CDだってDVDだって、借りるののお金がいる。発売してすぐは、取り決めでレンタル出来ない。
本は・・・文化だから?
確かにそうだけど、買えない本を無料で借りられるのは有難いけど、これって、もしかして公的無料貸本屋?とも思ってしまうのです。
利用しておいて、何を言うか、だけど。
確かに、300ものリクエストがある本、2冊くらいでは、借りるのに何年もかかってしまう。市民のリクエストにお応えするために、そうなのだろう。
借りられるから買わない。買わないで借りるから、どんどん希望者が増える。本は売れない。それなのに、街の本屋で扱っていないようなある本を探したとき、図書館になくて、取り寄せて買ったことがある。案外調べ物が出来なかったりする。
図書館て、なんだろうか、と。
これから、ますます年金暮らしの年寄りが増えて、利用者も増える一方になるのでしょう。老人福祉のためにも役に立つ。
けど、ちょっと立ち止まって考えて見る。無料に頼りすぎることに。
子供の利用とは、違う。
こんなことを書きながら、私は、又、買わずに借りるのだろうけど。


この件に関する市の図書館の見解
http://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/bunka_geijutsu/cul/cul08library/announce/announce03.html

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