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Voyage

私が好きでよく使うアメリカンコットンのメーカーは、月に一度新柄を出す。売り切れると再販はされないので、好みの柄を買いそびれないようチェックは欠かせない。
街にある大手の手芸店は、反物で生地を扱うことが少なくなって、カットクロスばかりでつまらないけれど、その分ネットサイトが充実してきていて、暇に任せてあれこれ見ている。
買ってはWEBと色合いが違うとガッカリしたり、思った以上に素敵!と喜んだり・・・すごく無駄遣いしているかもしれないT_T 

この前、面白いパッチワーク柄を見つけた。パッチワーク柄にありがちな子供っぽさがなくて、派手なのか地味なのか。少々和風の雰囲気もあり、さすが外国!ならではの鮮やかさも。

ファイル 66-1.jpg
これでどんな箱を作ろか。赤と青を買って、あれこれ作ってみる。
青い生地でテッシュボックスを作ったら寄木細工の箱みたいのなった。

「今度はこれを作りましょう」 試作品を見せて、希望を募り、材料の準備をする。
私の手芸会も3年になり、メンバーは10人を超えている。正直、ちょっと大変になってきているんだけどね。
人数が増えたので分散させようと月1を2回にしたら、2回とも出たいという人、多数。余計大変になっちゃった。
公民館の施設を借りる会場費とは別に、諸経費として一回50円をもらう。材料実費。手間賃とって下さいと言われるけれど、多少上乗せして、これで100円、200円・・今月はいくら浮いた・・そんなの嫌だもんね。
私も楽しませてもらっているのだし、講習料など取らないから多少の間違いも、私の大雑把ないい加減さも許されるT_T
みんなが気を使って差し入れてくれるお菓子が美味しいし^^

で、ふと気が付いた。この生地は「bon voyage」というタイトルがついていた。シリーズには、旅する人と馬の図柄の生地もあるにせよ、なんでこのパッチワークが「bon voyage」いい旅を!行ってらっしゃい!?
拓郎ファンの皆様にはおわかりでしょ。私はvoyageつながりでツアー「Country Life is a Voyage」を思い浮かべてしまったのです。
あの船のマーク、素敵でしたよね。なんでも拓郎に結びつける馬鹿^^;

たまたま先日2007年のツアーのことを書いていて、逆にこの生地を思い出し、引っ張り出してきた、というわけ。
まだ少し残っている。
拓郎聴きながら箱を作り始めました。

手芸などをしながら拓郎を聴くって、すごーーく久しぶり。
ずっと拓郎聴いていなかった。聴いて思うあれこれと向かい合うのが面倒だった。書くのも、もういい。手芸サークルの準備にひたすら時間を割いていた。
アクセスログなど取っていないから、訪問があるのかないのかもわからない。もうあの人もこの人も読んでいないんだろうな・・
時折ある「伝言」に、ホッとするけれど。伝言板はすっかり「独り言版」。
借りているサーバー会社も何やらオカシイし。まー、消えるならそれはそれで。
ラジオはそれなりに面白かったりもするけれど、時々文句を言いたくもなり。けど、それを書いてどうする。月に一回拓郎の声を聞くのが何よりの楽しみ、という人もいる。
楽しみでないなら、静かにしていることだ。

iTunesでなにげにクリックしたら「無人島で・・」。少し重いかな。選んだのは「From T」・・ちょうどいいい感じ。
この5月の日差しと、ボール紙や布と格闘している私と。少し大きめの音で流れる明るい拓郎。拓郎の歌はBGMにならないと、ずっと言って来たけれど、「ながら」聴くのに丁度良かった。
知らな歌はないのだし、歌に引っ張られてカッターで手を切ってしまうこともなく、作るのに夢中になって歌が聞こえなくなってしまうことは少しあったけど、すぐに歌に戻れる。
「今」は「今」に合う音というのもあるのかもしれないな、と、なんとなく、拓郎がこのアルバムを作ったのがわかるような気がした。

また拓郎聴いて書く日々に戻れるのかどうかはわからない。
日に三度も昼寝をしてしまう。出かけることも多いけど、帰ってくればグッタリ。庭木の手入れをすれば、クラクラする。年なんだよねー。
パソコンに向かっていると引っ張られるような眠気が襲って来るし。
拓郎のことも、背伸びしなくてもいいかな、と思う。今は、たまたま拓郎モードにいるけれど、書くために聴くこともないし、聴くために書くこともない。
それに、この数日、なにか悲しいのです。
嬉しい毎日が戻ってきたようで楽しいはずなのに、なぜか、涙が滲む。
この先「ない」ことが、わかるからなのでしょうか。私自身から、いろんなものがどんどん消えていくのが見えるからでしょうか。

上の写真、左手横にあるのは「お薬手帳入れです。オリジナル。手帳入れが欲しいという希望を聞いて、作ってみたのです。

ファイル 66-2.jpg

右にお薬手帳を挟み、左のポケットには診察券など。
A5が半分の大きさなので、処方箋も挟める。評判良くて、20以上、材料切ったのじゃないかしら?一つ一つ布の配色なども考えて、いろいろな色と柄で。

調子に乗って、近所の人に見せたら、「100均のジッパー付き透明袋に入れるのが一番簡単よ」
まー、デジタルお薬手帳になったら、こんなのもいらないんだけどね。


ここに最後に書いたのは2019年7月なのね。
その年の暮には、コロナが発生してる。同じ年とは思えない。
2007年のことは、つい最近のような気がするのに、2年前がずっと昔のことのように思えて、今と結びつかないのははなぜ?

2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(2)

月曜日、朝のテレビ番組では、何局かこの日のライブを取り上げていました。
「豪華共演!」「有名アーティスト達が名曲をカバー」「ユーミン&陽水 初コラボ!」・・・ティン・パン・アレーによるアルバム「ひこうき雲」の再現、という切り口での紹介はなかったような。

ティン・パン・アレー、ティン・パン・アレーと偉そうに書きますが、実は、私、よく知らないんですT_T
勿論、後から仕入れた情報で、細野晴臣、林立夫、鈴木茂、松任谷正隆からなる音楽バンドであること、最初はキャラメルママだったこと、もう少し音楽活動を広げていこうと「ティン・パン・アレー」に名称を変更したことくらいは知っています。
だけど、どうしてこのメンバーになったのかは知らないし、これがティン・パン・アレーの音だ!というようなことは皆目・・・ だから、この日の演奏も、さすがだ!というような感想は持てない。
ただ、わっ、よく集まったなぁ、みんな髪白い!けど、懐かしのバンドのようなヨボヨボさは全くない、みんな若くて素敵!と思ったこと、拓郎のアルバムで言うと「ローリング30」なんか思い出してしまうことくらい。


司会の中井美穂さんが「あえて、こう呼びましょう。荒井由実!」とコールします。
一曲目は12.「ベルベットイースター」ですね。
ユーミンがピアノを弾いている。
あぁ、きっとこんなふうに弾き語りながら曲を作っていたんだな、と思う。

白いパンツスーツに白いハット、男装の麗人みたいです。かっこいい。
「昔の名前で出ています」・・会場、どっと笑います。

次にお送りするのは、ひこうき雲の中で最初に出来た、14歳(と言ったっけ?)の時に作った歌です。
13.「そのまま」
バックスクリーンに昔のユーミンの写真が、次々と映されます・・・こういうのって、じーーんと来ますよね。時の流れには弱い年寄りです。
「アルバムの前にシングルで発売されたけど、300枚しか売れませんでした」これが、かまやつさんプロデュースの一枚目のシングルかな。
「だけど、今は30万円もしてるんですぅ」会場わっ!・・・お隣の友人が「持ってる!」とつぶやく。さすが。

14.「返事はいらない」

なんのMCの時だったか、昔、調律も出来ていないようなアップライトピアノで歌を作っていた。揺れるような霞むようなはっきりしない音のような話をしていた。だから、今日は敢えて自分で弾いているのでしょう。
実家での光景を思い出すとき、浮かぶのは「霧」、近くの神社の大きな池が、いつもモヤが立ちこめるようにけぶっていた。
後に、このアルバムを収録したスタジオは、海のそばの倉庫みたいなところで、やっぱり、いつも海からの霧が立ち込めてた。
「ひこうき雲」というのは、そういう霧の中に浮かぶような捕まえどころのない世界を表しているのかもしれない。

(このあたりの言葉がとても印象的で、ここ書こう、と思っていたんです。でも熱で3日寝てたら、はっきり思い出せなくて、こんなような、というあやふやなことしか書けなくなってましたm(_ _)m
ニュアンスだけでも伝われば、と思うのですが)

初めてのライブで、うまく行かず、悔しくてステージで泣いてしまった、という話もどこかでしてました。

鈴木茂さんと松任谷正隆さんの掛け合い、いいな・・・
私は、やっぱり、鈴木茂さんのギター拓郎のステージで聴きたいし、いつかまた松任谷さんにプロデュースしてほしいなぁ、と思う。

「これから始まる曲、誰のアレンジだかわかりますかぁ~」 茶目っ気たっぷりにユーミンが話します。
えっ!まだ誰か出るの?シークレットゲスト?・・・誰だろう・・・考えたってわからない。
「もったいぶるのはよしましょう。井上陽水!」
ワーッ!軽く口ずさむ感じで陽水さん登場です。
「つま恋」のときの中島みゆきさんと、どっちが衝撃だろう、と言ったら、私には、みゆきさんですけどね^^

曲名、わからなかったです。
朝の番組で15.「空と海の輝きに向けて」と字幕が出たので、あ、そうか。
途中で、ユーミンはピアノから立ち上がり、陽水さんとデュエットでした。最後には大きなハグ。
陽水さん来てくれてありがとう。うれしかったです。

そして・・・16.「ひこうき雲」
バックスクリーンにアルバムジャケットが映ります。
ユーミンは、顔も崩れんばかりに歌ってた・・・こんな表現ごめんなさい。すごいな、と思ったの。
静かな、ひっそりとした歌なのに、凄まじく、体中で歌って、立ち込める霧の中から、でも、そっと手渡すように・・・

メンバー紹介です。
ドラム林立夫、ベース細野晴臣、ギター鈴木茂、キーボード松任谷正隆、アディショナルキーボード武部聡志。

これが最後の演奏になるかもしれない。場内を笑わせます。
この中の誰が欠けても成立しないバンドだから。
細野さん以外は、みなさん、まだ60歳代なんですよね。なんだ、まだ若いじゃん。どうぞ、皆様、お体に気をつけていつまでもご活躍下さい。

ユーミン「武部さん、もう少し遊んでもいいですか」「もちろん!」
アンコールというか、第3部というか。ノリノリのコーナーが始まります。

17.「リフレインが叫んでいる」
ユーミンが歌い始め、JUJUも登場。

18.「時をかける少女」
原田知世さんも加わって3人になります。
♪とーきーをかける少女~のところで、原田知世さんを手で指すユーミン。そうだ、「時をかける少女」は原田知世だった。

19.曲名わからないよー。ユーミンと横山剣さん。

20.中央フリーウェイ
久保田利伸さんが加わると、華やかになりますね。

21.恋のスーパーパラシューター
全員で賑やかに歌い上げます。

ステージ中央で、全員で手をつなぎ一礼するというのは、拓郎もするけれど、いつから始まったんだろう・・・
拓郎、昔もやってました?瀬尾さんの時もしてましたっけ?

アンコール。
ユーミンと武部さん登場。
武部さんのピアノが始まり、「やさしさに包まれたなら」
「ありがとうございました。」

カーテンコール。
もう客電もつき始めているのに?普通なら諦めて帰るところ、「でも、ユーミンは出てくることがあるの」お隣はおっしゃいます。
・・・あ、もう疲れきったユーミンが振り絞ってという感じで、武部さんの肩を借りながらステージに出てきれくれます。
そして、お礼を言ってくれる。歌わなくても、姿を見せて、もう一度お礼を言う。
ユーミンは細やかだねぇ。


どこでの会話だったか、「SONGS&FRIENDS」の一枚目は「ひこうき雲」、武部さん2枚目は?
陽水さんの「氷の世界」なんかやってみたいですねー。(そうね、陽水さん、登場したし・・・)
そしたら、ユーミンが、武部さんはお付き合いも広いから、吉田拓郎・・・拓郎なんかどう?って。
私は思わず(そっと)拍手。

帰り道、友人と話します。
拓郎だったら、何のアルバムかなぁ・・・私は「LIVE'73」をあげてみたりするけど、友人は、さらりと 最初の「青春の詩」じゃないの。
そか、「青春の歌」か。私は、このアルバム忘れてるかも。ファーストアルバムに込められているその人自身のもの。今の拓郎はこのアルバムを再現することにうんと言わないような気もするけど、
今最も信頼しているという武部さんと鳥山さんに委ねるなら、新しいものを引き出せるようで、OKするかな。
拓郎が、ラジオで、ふと漏らした「イベント」という言葉と重なって、勝手に期待を膨らませる。

次は、陽水さんの「氷の世界」で決まりかと思ったけど、今日ゲストで参加もしていたし。
考えてみれば、数年前に、陽水さんは新しいアレンジで「氷の世界」を全曲通して演奏、歌う、というツアーをやっていて、私はそれに行っている。
府中だったか、機材席開放につき追加発売、先着順、というメールを「ぴあ」からもらって、即申し込んだら買えたのだった。
私が「LIVE'73」を貸したとき、後に夫となるTさんが、お返しにと貸してくれたのが「氷の世界」だったんだよね。想い出いっぱいで客席でワンワン泣いたのでした。
同じことするより、初めての拓郎よね、なんて、勝手に決める^0^

あの時、ユーミンは、なんで拓郎の名前を出したんだろう。客席に拓郎ファンがいるのを察して?ふふ。
実現したらうれしいなぁ。こんな広い体育館で、一万人が拓郎聴くの・・・


この日、大好きになったのは、やっぱり「雨の街を」。
今も、私を包む♪夜明けの雨ミルク色・・・ 誰か優しく私の肩を抱いてくれたら・・・
こんな、そっと心を訪ねてくるような可愛い歌が、案外好きなんだ。

2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(調布市)

「SONGS&FRIENDS」とは?
公式サイトから丸々コピーさせて頂くと、

武部聡志がプロデュースする一夜限りのコンサート「SONGS&FRIENDS」。
今も愛し続けられる数々の音楽の“名盤”“名作”。それはまさに「100年後も聴き続けてほしいアルバム」。
その音楽の“遺伝子”を受け継ぐ様々なアーティストたちが、舞台に設けられた武部のリビングルームステージに代わる代わる登場し、世代も時代もこえて、それぞれの解釈でアルバムを1曲目から全て再現するプレミアムコンサートです。
第1回目は、1973年の発売から45周年を迎える荒井由実の1stアルバム「ひこうき雲」。
・・・だそうです。

いつもながら、正確なレポートではない、こんなふうなコンサートに行った、という話です。
5月13日にはWOWOWで放送されますので、それまで内容を知りたくない方は、パスして下さいね。

会場の「武蔵野の森総合スポーツプラザ」というのは、味の素スタジアムの隣に昨年出来たばかりの新しい東京都の施設なのですね。
東京五輪に向けて建てられたそうで、駅も、あたりの雰囲気も、以前、味の素スタジアムにJリーグ観戦に行った時のイメージとは違う。
道路の拡張工事も行われていて、広々と綺麗になっている。外食チェーン店も何軒か。オリンピックの威力はすごいなぁ、、
60年代、街の変わっていく様子に、あれあれと、子供心に驚いていたのを思い出します。

一万人収容出来るという会場は、ぎっしり満員。
機材席を開放して、追加席を設けたくらいの人気です。チケット安くないのにねT_T
恵まれたアリーナ席だったのだけど、後ろを振り返り、拓ちゃんだったら、ああいうスタンド席の真後ろ、ど真ん中もいいなぁ、と思う。
誰にも遠慮することなく、突っ立って、遠くから会場全体を眺めていたいな・・・勿論、別の日に最前列中央なんて座れたら最高だけど^0^


中井美穂さんだ!司会に登場した中井美穂さん、婚のドレスを着て、少しふっくらしてました。武部さんが登場して、今回のライブの狙いを話します。
武部さんは、案外喋るんですよね。拓郎のコンサートでは、ひたすらピアノを弾く寡黙な人、と思っていたけど。

トップバッターは、原田知世さん。
ピンクのドレスに、左右の髪飾り、頬を赤く染めて、可愛い^^
1.「雨の街を」
実は、「ひこうき雲」というアルバム、リアルタイムには知らないのです。
最近になって、数回聴いたけど、まだ曲と曲名が一致しない。
ただ、これを書こうと思ったとき、♪夜明けの雨はクリーム色・・・誰か優しく肩を抱いてくれたら・・・
とぎれとぎれに、知世さんの歌声が浮かぶんです。
綺麗な声でした。いい歌だなぁ・・・で、アルバム「ひこうき雲」を聴きながら書いて、「雨の街を」だと確認する。
ほかの曲も、そんな感じに書いてます。

2.2曲目は「タンデライオン~遅咲きのタンポポ~」 
これは、すぐにわかりました。全て「ひこうき雲」からというわけじゃないんですね。2曲目は、ユーミンの歌から自分が好きなのを選曲する。
なぜか聴いていると涙が出そうになる。

「次は、ユーミン一押しのYONCE(ヨンス)さんです」さっと紹介して、次に引き継ぐ。
今、人気のバンド「Suchmos」のボーカルらしいです

3.「返事はいらない」
MC「母親のお腹にいるときから、ユーミン聴いていた。今、このステージに立っているのも母親のおかげです」

4.「Hello,my friend」
なんで涙が出るんでしょう。特に思い入れのある歌とうわけじゃないのに。ユーミンファンというわけでもないのに。
私のこれまでのどこかにユーミンの歌があったのかなぁ・・・♪ハローマイフレンド 君に恋した夏があったね~ さみしくてさみしくて・・
年のせいか、涙もろくなってる。

正直、家入レオさんのメンバー入りはよくわからなかった。だけど、
5.「紙ヒーコーキ」 若い歌声ととってもよく合っていた。

武部さんが質問します。ファーストアルバム、今、自分で聴いてどう思う?
家入レオさんも10代で自分で書いたアルバム出しているんですよね。「ファーストアルバムは、二度と出せないアルバムだから」
若いレオちゃんが歌うということで、初めての感じのアレンジをしてみた(武部さん)、何の歌なんだろう・・・あ、これか!
6.「卒業写真」
確かに新鮮に聴こえました。若い子というイメージだぅた家入レオさんも、もう23,4なのだけど。

次は、横山剣さんです。
7.「ベルベットイースター」 次は8.「雨のステイション」

JUJUが登場して
9.「きつと言える」 JUJUらしい選曲。
歌は上手いのかもしれないけど、JUJUが歌うユーミンは、あまり新鮮味がないのm(_ _)m

10.「曇り空」
途中から久保田利伸が入り、俄然盛り上がる。久保田利伸さんは人気ありますね。
次は 11.「雨の街を」
そこに原田知世さんも加わり、一緒に歌う。楽しそう。
この「雨の街」は歌いたい人が重なってしまい、それなら、いっそサンドイッチのように歌ったら、ということになった、という武部さんの解説。
あぁ、そうなんだ。
久保田利伸さんが歌うと、違う歌みたい。とっても良かったけど、2曲とも一人で歌っていないのが、少し残念。
それこそ「ひこうき雲」なんか、久保田さんが一人で歌ったら、どんな感じになるんだろう。

カーテンがいったん降りて、椅子に座った中井美穂さんと武部さんとの対談のようになります。

お待ちかね、ティン・パン・アレーだ!

       (後半に続く)

沢田研二50周年記念LIVE

行ってきました!沢田研二50周年記念コンサート。

新しい友人の一人がジュリーファンなのです。
コンサートの話などを聞くにつれ、あぁ、いいなぁ・・・自分の拓郎のことを思って、「わかる、わかる」・・・ずっと好きな歌、好きな人の歌を聴き続けていられることの幸せを、一緒に感じていました。
なにせ、拓郎が、ほんとはジュリーになりたかったという、あのジュリーですよ。「YOKOSO」一回目のゲストに指名した沢田研二さん。先日のラジオでも、CMに提供した「いま、このときめきを」をきかせてもらいましたね^^
そのジュリーが50曲歌うという50周年記念LIVEが、市民ホールに来る!自転車で行ける!
チケット獲得に走らないわけ行かないじゃないですか。

2枚無事ゲットしたものの、そのジュリーファンは、すでに数箇所確保済みとのこと。う~ん・・・拓郎ファンにも希望者見つかるかもしれない。一言伝言で呼びかけようかとも思ったけれど、この際、別口の新しい友人仲間に声をかけてみようかなぁ。
地元でやるのだから地元の友人もいいかも。サッと手が上がり、あげそこねたと残念がる人までいた。さすがジュリー。速攻で決まった。

一緒に行くことになった人は、昔、ジュリーを聴いていたというわけではない。「だって、そういうのも楽しそうじゃない?」
何か違う場所に身を置いてみたい・・わかるような気がする。でも、大丈夫かな?若い時からあまり流行りの歌には縁がなかったような、今年古稀を迎えるという人、楽しくなかったららどうしよう・・・。楽しくなかったら、なんて、お節介か。自分で行きたくて行くのだものね。


定員862名の小さな市民ホールです。
開演前にデパートのレストランで一緒に食事をして、グラスビールを一杯ずつ。「飲もうよ」というのは私が言った^^; 6時30分開演に、6時過ぎ、そろそろ行こうか・・・拓郎のではないから呑気なものです。
ホールに着くと女性でいっぱい。なに?この長い行列は?・・トイレだったT_T

初めに、スクリーンに子供の頃のジュリーが映ります。わ、さすが、可愛い!タイガースの頃、白いスーツで、コロコロ笑うジュリー、素敵なカッコイイジュリーが次々と。ファンがにはたまらないだろうな。ファンじゃなくても、うれしいわ。
一緒に行った人は、「やっぱ、キムタクに似てる!」と言います。だんだん、少しずつふっくらして来るジュリー。
と、ステージが始まり、キラキラ刺繍をほどこした緑のジャケットを着た沢田さん登場。

「大入り袋」が出たのだそうです。ありがとうございます。」
高校野球の話してました。花咲徳栄が勝ったのが悔しいらしい。昔の広陵高校の話もする。野球詳しいんですね。ここは関東だからと、変に気を使わず、好きなチームの話をするとことが、拓郎に似ている(なんでも拓郎と比べるな、との声が聞こえそうT_T)


一曲目からみんな立つ。私も!
聞き覚えのある歌・・・調べたら「あなたに今夜はワインをふりかけ」。ワー!声、同じ!
2曲目に「君だけに愛を」が始まったら、もう、不思議なことに、緑のカーネルサンダー(失礼)どころか、若い頃の顔が重なって、紛れもなくジュリーなのです。さっき見た映像の、すらりとカッコイイジュリーが立っている。艶のある、甘い声。

「僕のマリー」、「青い鳥」・・・と聴いてたら、なぜか涙が出てきてしまった。懐かしいというより、なんだろう・・・この年になって聴くジュリーの素敵さ。歌、同じよね。
知っている歌も、知らない歌も・・・私、こんなにジュリーの歌、知っていたっけ?みんな聞いて知っている歌のように感じてしまう。

どんどんどんどん歌います。声がすごく出るのです。普段から、余程鍛錬しているのでしょう。
一曲歌うと、「ありがと。サンキュー。ありがとおーね。」関西のおじさんぽいイントネーション。毎回、それだけ。
歌って、「ありがとおね」。また歌って「ありがとおね」。私には、それが可笑しくて、クスッとするけど、誰も笑わない。

「追憶」を歌う。(安井かずみさん作詞だったのですね)
「サムライ」を歌う。

曲名がすぐに出てこない歌は、新曲なのか。(私が知っていた沢田研二以降の歌、という意味です)
わからないので、書けませんm(_ _)m だから、書くのは昔の歌ばかりになってしまうけど。
誰もが知っているだろう歌は半分、25曲くらいと言ってました。不完全な感想です。

「コバルトの季節の中で」「君をのせて」・・・なんて素敵なんでしょう。あぁ、ジュリーだ・・・「コバルトの季節の中で」、好きだなぁ。

「にくみきれないろくでなし」「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」・・・阿久悠作詞が続きます。
聴きながら思いました。なんて、阿久さんの詩が似合う男になったんだろう、って。若い時も素敵だったけど、来年古希を迎えるという今歌うのは、更に深味が増したよう。色褪せない歌詞というのは、あるよね。
阿久さんが生きていらしたら、そうなんだよ、この詩は、って喜んだかな。


「ここまで24曲歌いました」と言いました?25曲でした?記憶、あやふやで、ごめんなさい。
とにかく、ここまで、ひたすら歌い続けています。あの艷やかな声で。息切れなんてしない。すごいパワーです。
勿論、フルコーラスではありません。後で、「一番だけ。時々2番も入っていた」と言ってました。

最初、50曲と聞いたとき、さすがに全曲フルではないでしょう、と思ってはいたけれど。ところどころ「さわり」だけ繋げたようなメドレーになるのかな、と。
どの歌も公平に一番だけ。こういう歌い方もあるのですね。聴き応えありました。
(拓郎も、LOVE2の頃のような細切れメドレーなんかじゃなく、沢山歌うのなら、せめて、こんなふうに歌って欲しい。)


やっとMCです。
50年、山あり谷あり、崖あり。幸せなことに大事件には出会わなかった。ハイジャックとか飛行機が出ないとか・・・あ、この間の松山千春さんのことだ!
自分は、あんなふうに出ていけない。だいたい歌える歌がない。
♪あなたはすっかり疲れてしまい・・・これじゃ困るでしょ。
♪落ちてゆくのもしあわせだよと・・・困るよね

会場大爆笑。
「だいたい千春は(わ!拓郎も「千春」と言う。同じだ!)坊主頭に太い金の指輪やネックレス、あの風貌で、ああいう歌を歌うんだから・・・。
昔、お芝居で丸坊主にしなくてはならないことがあって、鏡見るたびに「千春だ!」と思って嫌だった。」
「ああいうのって、必ず誰かが撮って、SMSで広まるでしょ」「だいたい、SMSってなんなんだ。気に入らない」

話が止まらない。面白い。話し声は、少しかすれていた。


「25曲目の歌です」と言って「ラブ・ラブ・ラブ」を歌ったのかな?
上着を脱いだ。白いシャツ。「抱きしめたい」も歌った。
白いシャツの袖をまくった。「TOKIO」と「危険な二人」の時は、ネクタイも外してたっけ?次は何を脱ぐのかと思っちゃった^^;
「危険な二人」盛り上がったよね。思わず、帽子を投げる仕草をしてしまう。

このあとは、わりと新しい歌が続いたのだと思います。
どこでだったか、東北大震災のことが入った歌があって、歌い手として、向き合う姿勢に感心した。


40曲歌ってMC。

タイガース解散の裏事情、PYG結成の話。こんなことまで話していいの?というようなことまで。今はもう、みんな知ってるか。こういう話に、沢田研二の骨っぽさが出ます。
PYGで、大野克夫、井上堯之のお二人と出会ったことの素晴らしさも語っていた。そこで歌手として変わった、って。
「時の過ぎ行くままに」で紅白に出場することになったとき、井上堯之バンドの音でなければと、こだわった。それまで紅白はフルバンドで歌うのが当たり前だった。
(ジュリーも先駆者だったんだ。拓郎が紅白に出場したとき、バンドにこだわったけど、そのずっと前に、ジュリーが、きっかけを作っていた)

前のMCだったかもしれないけど、上京してすぐ、タイガースで売れて、ソロで売れて、またソロで売れて、また売れて・・・だんだん売れなくなって、たまにテレビに出ても、「話題曲コーナー」なんかで、つまらなくて出なくなって、
還暦で80曲やった頃から、なぜか、また少しずつ人気が出てきて、今、こうして満員の会場で歌えてる。
でも、自慢なのは、ヒット曲が出たからでも、本を書いたからでもなく、ただ、歌ってきて、歌でまた売れた、ということです、と言っていた。

50年、ずっと順調だったワケじゃないと言っていたけれど、その間、たゆまぬ努力を続けて来たのでしょう。キーがどうとか音楽的なことはわからないけれど、同じ声、すごいと思う。
ステージ、最初走ったとき、どうせ市民ホールは狭いし、なんて思ったけど、とんでもない!踊ったり、ジャンプしたり、声も体も鍛えているのがよくわかる。売れる売れないでなく、ずっと沢田研二として、大事なものを守り続けてきた。

ジュリーって男っぽいんだよね。ヤワなアイドルじゃない。
2回目のMCの時だったか、会場のどこからか「頑張って」の声が飛んだ。
そしたら、「頑張ってないみたいじゃないか」って。怒りはしなかったけど、笑いに紛らすような口調ではなかった。
最近の拓郎は、柔らかく「いなす」。


さて、残すとことあと10曲。数えながら聴いてました。
「シーサイド・バウンド」以外は、私の知らない歌ばかりだったのかな。
それが、また、これまで以上の盛り上がり。ラスト前の曲なんか、始まる前から熱かったので、知ってる歌かと構えたけど、知らなかったT_T
待ったましたとばかりの熱狂。

ファンはすごいね。会場では、どんなフリでも、みんなポーズして、踊って。この小さなホールは古いので、ちょっと跳ねると床が揺れるのです。安普請め!と思いながら、私は私のペースで、立っているのに疲れたら座って、一緒に手拍子したり、じーっと聞き惚れたり。
沢田研二さんには、こういうファンがずっといてくれたんだ。50年歌い続けることの素晴らしさテレビでしか知らなかったジュリー。LIVEはいいものですね。

拓郎は、あと何年で50周年なんだろう。拓郎の方が年上なのに、沢田さんの方が先輩なんですね。拓郎は、きっと50周年も歌える。そして、沢田さんは、拓郎の年まで間違いなく、拓郎の年を越えても、こんなふうに歌う。
「YOKOSO」、拓郎は話を引き出そうと、自分のことばかり喋って、ああいうことが苦手そうな沢田さんは言葉少なめで、対談成功という感じはしなかったけど、今思い出すと、味があった。録画、保存してあったっけ?探してみよう。


「50曲目です」と歌ったのは、静かな、しみじみ聴く歌でした。

さぁ、アンコール、と思いきや、みんな手拍子しない。ん?どうして?
座っていたら、スクリーンに、何年頃のジュリーでしょう。少し太めで可愛らしい。「渚のフリフリ」?加瀬邦彦さん?
みんな、これがあるの、わかっていたんですね。だからコールしなかったんだ。

映像が終わって、ステージにジュリー登場。皆さん、すっと立ち上がります。挨拶です。

歌い続けていきたい。足腰が弱っても、座っても歌える。怖いのは耳が聴こえなくなること。
時代を先取りしたり、時代に合わせるのでなく、好きな歌を好きに作って、ヒットしたらいい。

51曲目。「いくつかの場面」(これも調べました)
ほんとに、いつかまた、みんながいてくれたらいいね。
もう会えない人、会わない人。
会いたくても、もう会えない人もいるのだから、会えるのに「会わない」などと言わず・・・、素直にそんな気持ちになれたらいいのだけど。

歌い終わって、ジュリーは、上着を脱ぎ、きちんとたたんで腕にかけ、深々とお辞儀をしました。
バンドの皆さんも、丁寧に頭を下げます。
何度もお辞儀をし、最後にもう一度メンバー紹介をし、自分を「ジュリーです!」だって。
わ!沢田研二です!とは紹介しなかった^^
静かに、50周年、50曲+1が終わりました。懐かしい歌に戻りはしない終わり方。


思ったこと。
「ジュリー」というと、まず返ってくるのは「太ったよね」。私も、そういう反応していたかもしれない。
だけど、違う。大事なものを見よう。
真っ直ぐに見つめよう。聴こう。
「食べられるんだからしょうがない」、そう言っていた・・・


帰り、友人に付き合って、駅まで歩いた。
「どうだった?」
「よかったぁ。夢のような時間だった。この年になったから、わかるのよ」
そうよね。もし、10年前、20年前にジュリーライブを観たら、こんなに感動したどうか。この年になって、初めてジュリーのLIVEに出会えた幸せ。
そして、ジュリーファンの手芸仲間(?)、一緒に行った体操仲間、この年になって新しい友達ができるって、うれしいことですよね。ん?私って、もしかしたらジュリーと同い年かも?


それにしても、ジュリーはやっぱりスターだ!今朝は、ずっと♪僕が マリーとあったのは・・・甘い歌声がぐるぐる。
ほんと、声、変わらないんだから。素敵よ、みんな聞いてごらん。

好きになったよ女の娘

井上荒野もつまらなくなったなぁ、と思いながら小説を読んでいたのです。
79歳の妻と72歳の夫の名前が「百々子」「拓人」というのからして、なんだかな・・・その妻が夫を殺してしまう。「どうする?」という家族談義から始まるのだけど。
内容省略するとして、
終わり頃、女が百々子やその娘や息子たちと車に乗っているのですね。拓人さんに会いにいくと言われて。妙だと気づき始めた時、
「辿り着いたらあー」突然息子が歌いだす。馬鹿みたいに大きな声で。
「いつも雨降りいいー。そんなーことのおー、繰り返しいいー」
だまんなさいよ、と言われても黙らない。
「ところがおいらはああー、何のためにいいー」
・・・・
「ああここもやっぱりいいー、どしゃぶりさああー」

ちゃんと歌になってるじゃないの。歌詞の伸ばし方。
私はつい、合わせて歌ってしまう。拓郎だ! 作者は、モップスのつもりだったのだろうけど。ついでに「好きになったよ女の娘」も口ずさむ。


で、ここが私のおかしいところ。突然「ぼくのあたらしい歌」を思ったのですね。
DVDで見たこの歌、とってもいい曲だった。演奏、素敵だった。歌詞を読めば、悪くない。なのに、歌になったとき、なんだかなぁ・・・ピンと来ないのはなぜなんだろう。拓郎の声もいいのに。

もしも、「好きになったよ女の娘」のままだったら、どうだったんだろう。素直に、良い歌だよ、と言えたかどうか。「たどりついたらいつも雨降り」の原曲だからこそ、こっちの方が面白いという面もあるのじゃないかしら。
勿論、最初から、あのメロディは只者ではないと感じていた人もるかもしれない。でも、私のように鈍い人間は、そのままだったらいい歌だと感じなかったと思う。

「ぼくのあたらしい歌」も化けるかもしれない。けど、今は、何か嫌なんだ。「愛してるってなんてテレくさいんだ」の言葉が曲に乗ってしまうと、やにさがった拓郎が浮かんでしまう。
「作ったんだ」「書いたんだ」「好きなんだ」・・・昔なら、こんな語尾もうれしかったんだけどね。

歌って不思議だ。メロディと言葉と声と、三つが三つではない力を持って、生まれ変わる。その変わり方に、私の理解が及ばないということなんだろうけど。

4/20 あなたとハッピー

拓郎のラジオ出演、楽しみにしていたのですけど、熊本の地震で、なんだか気持ちが離れてしまって、聴かなくてもいいかな、なんて思ってしまいました。
昨日の夜、でもまぁ録音はしておこうかと、寝る直前になって、ラジオ(デジタルファイルで録音できる)を出してみたら、AMが受信できないT_T うんともすんとも音がしないんです。ミニコンポは接続、外しっぱなしだし・・・明日でいいや、と寝てしまって、朝、つけてみたら、やっぱりダメ。
こうなると、なんとしてでも聴かなきゃ、聴かないわけにはいかない、と思ってしまうものですね。

radikoで聴けるんだけど、録音ソフトが入っていなかった・・・T_T
今朝は出かける用があるので、何時に出演するかわからないから録音しないと・・・慌ててインストールして、試し録音してみたり・・・なんとも慌ただしい朝でした。8時からって、結構忙しいですよね。
帰ってきて無事録音されているので、ホッとしました。

リスナーからのお便りとか、森永卓郎さんの様子とか、みんなが拓郎の出番を、ワクワクとっても楽しみにしているのが、伝わってきて、私もドキドキでした。
拓郎の声は、落ち着いて、素敵でした。
報道ステーションでもそうでしたが、大人のカッコよさが滲み出ている。

垣花さんは、さすが垣花さん。
先日の報道ステーションの話に触れ、「あの時のネットニュースの見出し知ってます?」
「本当は、俺はジュリー側の人間だ、ですよ」・・そこから話を持っていくところがにくいです。

「吉田拓郎という人物をすかすのがうまい」
「またみんなをケムにまこうとしてる」

報道ステーションを見たときに、私(たち?)が感じたことを、上手に表現してくれて、やっぱ言葉を使う本職+拓郎をよく知っている人は違う、と感心しました。

70才、という年にも触れます。
拓郎:「第三者的に見たときに、吉田拓郎70才は想像できない」
「でも、(70才という)現実はある」
60才の時よりも、拓郎は素直に70才を受け入れているように思います。


バスに乗っている間に、ここまで聴けたので、そのまま最後まで聴けたらいいな、と思っていたら、前編後編に分かれてました。おかげで、道迷ってしまって、延々歩く羽目に・・遅刻しましたT_T

後半には、ツアー、新曲の話があります。「待ってました!」かな。

曲作っていると、知らずに自分の曲を盗作していたりするんですって^^
「若い時の自分の歌が、懐かしいし、うれしい。」
「自分の曲を聴き漁っている。」
「よくこんなの入れたな」と思う曲も多々あるらしく、それは、どの歌なんでしょうね^^

「逆に、今、そういう(ダメな)歌を引っ張り上げて、ライブで救ってやりたい」

私は、今回の放送で、この言葉が一番か2番にうれしく、感激しました。このメールがテキストでないなら太字、大文字で書きたいです。
ものすごくツアーが楽しみ。

ただ、やっぱり「足を伸ばす」ことはないみたいよ。車で行って車で帰ってきたい、って。
なぜなら「アイツが好きだから」「好きなんですよね、アイツが」

もう一つの、一番か二番に感激した言葉は・・・そっち↑おのろけじゃなくて、これ

『音楽と一緒にいたい』
『音楽のそばにいられれば幸せ』
『音楽の世界に一緒にいようね』

あの声で、「音楽の世界に一緒にいようね」なんて言われたら・・・もうメロメロです。

最後に、拓郎さんリクエストの吉田拓郎の歌は
「いくつになっても happy baithday 」でした。
私も、遅ればせながら、今やっと、「70才の誕生日おめでとう」


聴いたら元気になる。心が晴れる。
気が乗らないなぁ・・・なんて、聴かないでいなくて良かった。
垣花さん言うように、70才なりの若さがある。老熟とはまた違うんですよね。

#聞きそびれた方、YouTubeにアップされているみたいです。

「教えてハワイ」_1996.8.1 TOKYO FM 出版

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私の遅れてきた青春のようなラジオ番組「クラブ25」「26]で、確かに拓郎は、みんなでハワイに行こう!と言っていた。冗談かと思ったら、ほんとだった・・・らしい。「らしい」というのは、他人事にように聞いていたから。遠くの遠くのことだと聞き流していたから。ほんとにハワイでファンと50才の誕生日を迎えるなんて、ご本人も実現するとは思っていなかったかもしれない。

募集はあったのだと思う。けど、ハナから縁のないことだと思っていた私は、いつどんな風に募集があり、いつどんな風に決まって出発したのか、まったく覚えていない・・・
気が付けば、「教えてハワイ」という本が刊行され、私は、その本を買っていた。
いつか、私も、拓郎があんなに素晴らしいと言っているハワイに行くことがあるかもしれないと、本棚に飾っていた。

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それから何年。ニッポン放送でもハワイ旅行の企画があった。
3回ほど続いたのだろうか。私の周りに、拓郎とハワイに行った人が増えてくる。写真を見せてもらい、レポートを読ませてもらい・・・僻むことなんてなく、ただ、いいなぁ、素敵だろうなぁ、と素直に私も喜んでいた・・・と思う。

居酒屋で煮込みをつつきながら、「今は行かれないけど、夫が定年になったら、絶対一緒にハワイに行くんだぁ」と言ったら、その時は僕たちがプランニングさせてもらいますから、とハワイ行き常連の男性たちが言ってくれて、乾杯した日のこと、今でも目に浮かぶ。
もう「教えてハワイ」の本は古いかもしれないけど、あれが私の夢なんだ・・・

そのハワイから、締め出されたような気持ちになっていったのは、いつから、どうしてだったんだろう。私は、「お裾分けでいい」と喜んでいたはずなのに。
「ハワイなんて、誰にでも行ける。行かないだけだ。」ある女性ファンが言い切った言葉が、今でも響く。
そう、行かないだけなのかもしれないけど。あの時、無理に貯金を下ろしたり、ローンを組んででもハワイに行けば、今頃、ローンは返し終わって、思い出だけが残っていたかもしれない。だけど、そんなこと出来ない事情というものもある。いえ、お金の問題じゃない。飛び越えられないものもあるのですよ・・・

あのハワイでのファンとの50歳バースディは、その後の拓郎のファンとの付き合いも変えたと思う。良い時間が持てたのですよね。
「教えてハワイ」の本には、参加できたファンのメッセージやレポが名前と写真入りで載っている。今じゃ考えられないけど、あの頃は、まだそいうことにうるさくなく、ローカルな手作りの味わい残していたのですね。
そういえば、ウクレレ、回っていたみたい。98年頃MLで読んだ。でも、私、手を上げなかったけど。だって、私には、縁の無い話しと思っていたのだもの。

震災の時、拓郎のハワイ中止のことを口にしたら、息子にうんと叱られたっけ。
夫は定年になったけど、死んじまったのでは、一緒にハワイなど行けるわけもない。
私は、きっとこのままハワイに行かずに終わるんだろうな。
「教えてハワイ」の本、欲しい人に譲ろうと思いながら、なんでしぶとくとっているんだろう。


拓郎が、なぜか20年前のハワイの話をしている。
まさか、また「みんなで行こう」なんて言い出さないよね。
もし、そういうことがあったら・・・でも、やっぱり私は応募しないのだろう。そんな集まりに、私の居場所があるわけないじゃん。

誕生日おめでとう。素敵な70歳でありますように。

AGAIN

「AGAIN」を聴いていた。
何ヶ月ぶりだろう・・・「LIVE2014」が発売されてから、完全版「アゲイン」ばかり聴いていたから。
と言っても、その「LIVE2014」のCDだって、つい最近久しぶりに聴いたところなのだけど。

拓郎の声が細い! まず、そう感じてしまった。
ボイストレーニングをしていたのだという。高音が出るようになったと喜んでいた。そうなのだけど。
真っ直ぐに丁寧に歌っているという感じはした。その分力強さ、昔なら、荒っぽさがなくなっているのは仕方のないことだけど。

アレンジの違和感というのはなくなった。
アレンジというより、拓郎の歌い方なのかな、とも思った。

「僕の大好きな場所」が、とってもいい。

「素敵なのは夜」も、すごく好き。
この時の拓郎の声にとっても合っている。

そして、ポッと雨が降るようにイントロが始まって
「アゲイン」

「未完」で十分なんだ。
たくさんの拓郎の歌を聴いて、最後に降るように聴こえてくる「アゲイン」
それがいいんだ。
この歌だけ繰り返し聴いても、こういう気持ちにはならないのかもしれない。
泣きたいような、振り返らずにそっとそのまま立っていたいような・・・

だから、今日は、このアルバムを何度も何度も聴いた。
最後の曲「アゲイン」を聴くために。


拓郎はどうしているのでしょう。
久しぶりの更新が「なでしこ、照ちゃん」じゃぁ・・・
拓郎を信じて待つ、待たない、というのじゃない。
不安なだけ。だって、この10年、
全てを乗り越えた、とは思っていない。新しいことはじめよう、なんだよね。

あのつまらなかったラジオ。記念すべき放送になるって、なんなのよ。幸拓が最後になるというわけでもないのなら。

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