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京都に行った(1)

一昨年の誕生日に、長男が旅行券をプレゼントしてくれた。
どこへ行こう・・・うれしいからこそ、無駄には使えない。ゆっくり考えようと思っているうちに、今年秋までの有効期限が迫ってくる。
そうだ!京都に行こう!

京都に行くなら、まずは清水寺。なんてありきたりなんでしょ。夫と行った新婚旅行の京都、清水寺の舞台で、お水を受けようと柄杓を伸ばす私の写真が可愛いから・・・なんてね。

もう一つ、京都で、行きたいと思っていた場所がある。新聞の切り抜きをファイルに入れて、今も時々読み返す。それは二日目に。

旅行券は宿泊に使わせてもらって、新幹線は、以前名古屋や山形に行くのに重宝したジパングに入ろう。会費も安くはないけど、一度往復すれば元が取れる。
花の季節は混雑この上もないというし、高い。GW後の平日がいいかな。新緑の京都も良さそう。案外穴場かも。
この際だから、ちょっといいホテル、とも思ったけれど、ケチな私は、半分とっておけば、もう一度どこかに行けると思う。どうせ寝るだけだもの、清潔ならどこでもいいや。
旅行って、目に見えないところでお金使うよね。小さな土産、休憩に飲むコーヒーや、目にとまった美味しそうなもの・・・ケチケチするのも楽しくない。そっちに使おう。

最初、昼前に着く新幹線にしようと思ったのです。けど、外人客や修学旅行生でいっぱいであろう京都の、「誰もが行く」定番コース。
バスでなく、電車+徒歩の行動を予定を組んだけど、いっそ早い時間から行動することにしたらどうだろう。
朝はゆっくりと思えば、ゴミ出しだの、洗い物だの、掃除機もかけて行こうか、等々用事を増やして忙しいだけだ。
準備をしっかり。当日は出るだけにして、6時台の「ひかり」にしようかな。(ジパングは、「のぞみ」は使えない)

たぶん、新幹線は空いている、隣に誰が座っているかわからない指定より、自由席の方が、きっと快適だ・・・そう考えたのは正解でした。3人掛けの席にずっと一人だった。
車内で前の日に聴けなかった「拓郎ナイト」の録音を聴くつもりでいたけれど、何か違う。気分が違う。
拓郎を忘れて、景色を見よう、のんびり旅気分を味わおう。HPに伝言するのでなく、持参したメモ帳に書いておこう。
そういえば、コンサート会場で、せっせとメモ取る人がいたっけ。メモした言葉の断片からライブを蘇らせる、それは、素敵な驚きであったけど。

まだ田植えは済んでいないのかなぁ・・・ぼんやり外の景色をを眺めていたら、あ!「つ・ま・恋」の看板!外していないんだ!あのままなんだ!写真など撮る暇もない。
「ただいま掛川駅を通過しました」と電光掲示板が。通過してから知らせてくれたって。拓郎忘れて、のはずだったのに。


右も左もわからない京都駅。とりあえずコインロッカーに荷物を入れる。
あたりはそう混み合っている雰囲気でもない。無理に電車を乗り継いで歩かなくても、バスで行けるかも。バス停の様子を見て考えよう。
目指すバス停には人が並んでいたけれど、長蛇というほどでもない。係りのおじさんは手馴れたもの、上手に乗客をさばく。バスで大丈夫そう。
私の数人前でいっぱいになったので、次を待つ。たしいた時間ではない。乗ると、「清水寺は前、銀閣寺は後ろ」との指示がある。どちらかというと、銀閣寺の方に惹かれるけど、清水寺決めたのだから。
一番前に座って、道、すいているじゃん、あれは三十三間堂だ、京都だねぇ、などとボーッとしていたら、15分足らずで着いた。
どちらに向かって歩く、と考えることもない。人が向かう方に行けばいいだけだ。左右に分かれた道は、右の「ちゃわん通り」にした。
通りの名前通り、瀬戸物やさんが並んでいるけれど、お土産品の瀬戸物買ってもね、と思っていたら、小さなフクロウの置物が。一つ一つ形や表情が違う。500円か・・・。

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夫が生前、やけに「フクロウ」「フクロウ」と言っていたので、フクロウの物を見ると、つい買いたくなる。
仏壇にお供えしよう。

清水寺は、外人さんも修学旅行生も当然大勢だったけれど、普通の観光地でも、土日ならこのくらいは。

改修中なのは承知の上、とは言っても、資材で囲まれている姿、眺めのいい遠くから見渡せば、お堂の上から黄色いショベルカーの先っぽがニョキッと覗くのは、なんだかね。

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40年前の新婚旅行で夫に撮ってもらった写真と同じポーズの私を私が撮れるわけないのだし。
でも、新緑の中、あれは何の塔?なんというお堂?・・・自分のペースで、のんびりと見て回るのは楽しかった。

「随求堂(ずいぐどう)胎内めぐり」というのもしてみる。
靴を脱ぎ、真っ暗な中に入ってゆく。ほんとの暗闇。左手に掴んだ縄だけが頼りだ。怖い。どこまで続くんだろう、と思った頃、ぼーっと明かりが見える。
微かな灯りを放つ石に、手を置き、こういう時願うのは「家族の平穏な心」それしか浮かばない。
「こういうものは・・」と批判するのは簡単だし、以前の私なら、やらなかったかもしれない。でも・・・ほんとに暗かった、見えた明かりにホッとした。それでいいじゃん。
おみくじも引く。おみくじというより助言だ。「年をとれば足腰も弱ってきます」だって。くっ。

これまた定番の、産寧坂、二年坂を通って八坂神社に向かう。
修学旅行で、夫との旅行で、通ったこの通りは、50年前、40年前と変わらない。そりゃ、人も店も、賑わい方も変わっているのだろうけど、坂そのもの、というか、街の作りは、そう変わるものではない。人が太っても痩せても、骨組みが変わらないように・・・少し違うか。
ちょっとお腹が空いたかな。お昼、混まないうちに、たって、入る店がない。どれも値段は張るけれど、実際がわからなのだもの。
それに、明後日、帰る日に大切な友だちが、ランチの予定を組んでくれている。それが楽しみだから、京料理のようなものは食べないでおきたい。

ささっとうどんかお蕎麦でも・・・こういう時、○○うどんのチェーン店が、あったら便利だなぁ・・・あるわけないけど。仕方ないから九条ねぎの蕎麦、というのを食べに入る。

関西のうどんのお汁はとっても美味しいと思うけれど、蕎麦にもこういうお汁ってどうなのよ、うどんと蕎麦って、家庭でもお汁変えるよね、と関東生まれの私は思ってしまう。
美味しいことは美味しかったけど、なにせ、量が多い。残すのも失礼かと・・・ふーっ、食べるのに疲れた。
元のように沢山食べられるようになった私だけれど、ものによっては食べきれないんだ。
「量を減らしてください」それが店にとって、案外面倒なことを知っている私は、なかなか、そう頼みづらい。


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二年坂に向かう角が嫌に混んでいる。行ってみてわかった。写真渋滞だ。京都の趣十分な坂、写真を撮ろうと・・・今時は、景色の写真でなく、自分の写真を撮りたいのだもの、時間もかかるわ。


修学旅行生が急に増えた。やっぱ、朝早い行動開始に限る。
今時は、中学生でも自由行動が多いのね。お昼もめいめい好きな店を選んで入る。「修学旅行生割引」という張り紙も目に付く。何食べる?どこに入る?・・・楽しそうだね。

私が中学の頃は、「日の出号」に乗って、京都についたら、バスに乗せられ、降りたら、紺色の制服を着たガイドさんの旗について行き、金閣寺など。
見たら、また次。どこをどう見たのやら、どんな説明があったのやら。お昼ご飯をどうしたのかも覚えていない。お弁当が配れたのではなかったっけ。
夜は「正露丸」を飲まされ、嫌だったなぁ・・・こっそり捨てた。

みんな言うの。京都?修学旅行で行った。でも、全然覚えていない。大人になってからこそ行く所ですよね。
「私、新婚旅行で行った。」すると、「まぁ、修学旅行みたいな」・・・とはハッキリ言わないか。自分で、「修学旅行みたいでしょ」と先制してるのか。

「七味屋」さんで七味を買う。私用には七味、長男には辛口一味だ。あの子は、七味のぶつぶつが嫌だと一味にしてる。そのブツブツと香りが美味しいのにな、と私は思うけど。

みたらし団子だのなんだの、美味しそうなのに、お腹いっぱいで食べられない。お蕎麦をちょっと後悔する。
買う気もないのに、あの店、この店と、入ってみながら、、二年坂を下りてゆく。適当にあちこち曲がってみては、路地を楽しんで歩く。

途中に「酒屋さん」があった。店構えはひっそりと地味なのに、並んでいる京都のお酒の銘柄がすごい。あれもこれも買いたいな。宅配便で送ってもらおうかな・・・いけない、いけない、つい気が大きくなってしまう。
「買っておけば、みんなが来た時飲める」「飲んで欲しい人に送ろう」・・・そういうのはやめよう。

八坂神社だ。


祇園四条駅まで歩き始めたら、ポツポツ雨が降り始める。ちょっと休憩。
まだ一時半。ホテルに行く前に、もう一つ行けるよね。
検索すれば、いろいろ出てくるけれど、スマホで地図を見るのは苦手なので、路線図だけはコピーして手帳に挟んで来た。
京阪電車でここから5つ目に「伏見稲荷駅」がある。今や外人さん人気ナンバーワンだとか。近いし、手頃かな。


駅で降りると、結構な賑わい。参道には屋台も並び、下町のお祭りのような雰囲気もある。
お稲荷さん、キツネさん、馴染んだ光景なのかな。

ここが千本柱か・・・テレビや雑誌で見かけた。CMでもやっていた。赤い鳥居がずーっと続く。
・・・のだけど、外人さんも、浴衣姿の若いカップルも、グループも、写真を撮るのに夢中で、そこが通路だろうが、人の流れを妨げようが、眼中になし。人が団子になっている。
二年坂でもそうだったけど、撮りたいのは風景でなく、そこにいる自分なのだもの。
赤い鳥居をバックにした浴衣姿の自分を、「稲荷神社に行ってきました」とインスタグラムにあげるのだろう。

そういえば、広島で厳島神社に向かう船の中、景色など全く見ず、自撮りに夢中だったグループのはしゃぎ声がうるさかったなぁ。それも若さというのもかとも思ったけど。

私は、写真を撮る気などなくなって、山の上まで登ってみようかな、と、変な反抗心を起こす。
折りたたみの杖はバッグに入っている。30分くらいだと言うし。雨も止んだ。

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少し登っただけで、人が少なくなる。ここまでくれば、周りも静かで、思う存分撮れるのに。
そういうことはしないのか。
もっとも慣れない浴衣姿で山登りは出来ないけどね。


「インスタ映え」という言葉があるのだそうだ。確かにここは「インスタバエ」する。
「インスタ映え」のする写真を撮るために、並んで人気のお菓子を買う。見映えのする料理を作る。それはそれは上手に撮る。
旅行する、お参りをする、行けば、自撮りだ。
何か違う、と思うのは、おばさん、おばあさんの証拠かな。

ま、いいや。
それにしても思いつきで登る山のきついこと。行き交う人も滅多にいなくなった。なぜか白人系の外人さんが多い。やっと着いた、と思った神社があった所は、てっぺんではなく、そこから20分もあるのだそう。
巫女さんに、「今日は涼しいからここまで登つて来られたんですよ」と慰め?られる。
えーっ。ここからさらに20分?でも、せっかくここまで来たのだから、最後まで。
それも、明日のいい練習になる。気を取り直して、また登り始める。杖があってよかった。
途中、若い男の子のグループに遭遇したので、「もうすぐですか」と聞いてみる。
汗だくの男の子は、「まだまだ先です」だって。うへぇ。

上が見えない急な階段を何段も登る。どこまで続くんだろう。とっくに20分以上は歩いている。
さっき一緒だった外人さんと、また一緒になる。微かに「しょうがないね」とでもいうように、首をすくめたような。
まだぁ、もっと先ぃ?20分など嘘ばかり。登れば降りなくちゃならない。帰りもあるんだよね。一人でブツブツ言いながら、とにかく歩く。

と、ここ?拍子抜けするほど、普通の場所だった。見晴らしが良いわけでもなく、神々しい雰囲気があるわけでなく、普通に「末広の神様」が祀られていた。
ここは観光地でなく、信仰の山だもの、登ってくることに価値があるのだろう。
売店には、飲み物の自動販売機と、暖簾と手ぬぐいと。
いつからか登ってきているカップルの男性が「ここが頂上です」というものがあれば、売れるだろうに、何もないじゃないか、と言ったけれど。
手ぬぐいを見せてもらう。「朝夕に 願う心の届きなば 恵ぞ深き 末廣の神」。
以前あった御籤の大吉の詞が書いてあるんですよ。おじさんが説明してくれる。
青に染め抜いた山と鳥居。黒い文字の地味な手ぬぐい。「一つ頂きます。」すぐにそうやって買うから^^;

さて、帰り、5分ほど近いという別の道を下る。
知らない所に行くのは遠いけど、さっきいた所に戻るのは近い。足には下りの方がキツいけど、気分はスイスイ。
途中「おもかる石」というのがあった。願い事を三度、心から念じれば、軽々と持ち上がる石らしい。
試してみようと、三度念じたけど、ビクともしない。私の念じ方が足りないのね。 
通りかかった外人さんが、石を持ち上げようとする私を見て、「手伝いましょうか」とでも言うように近づいてくる。
私はノーノーと、横に手を振った。

あっちにもこっちにも狐さんがいる。お稲荷さんだもの当たり前。
油揚げに詰めたお寿司を「おいなりさん」というのはわかるけど、狐が、どうして油揚げが好きなのかは、わからない。
人間に狐人間と狸人間がいるなら、私は狸の方だ、とずっと思ってきたけど、狐に近づいて来てるかもね、
とか、わけのわからないことを考えながら、下る。
駅には4時を目標にいしてて、せっせと下っていたら、これから登る人もいる。大丈夫なのかな・・・

京阪に乗って東福寺で乗り換えなくても、すぐ近くのJR奈良線「稲荷駅」ならほんの二つ目なことに気がついた。
京都駅、コインロッカーの荷物を出し、ホテルまで歩く。
シャワーを浴び、さっぱりしたら、夕方からどこかに出ようとも思ってたけど、面倒になった。手軽に済ませよう。明日も早いし。
明日は。鞍馬・貴船に行くんだー。