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スタイ

今は、「よだれかけ」や「あぶちゃん」などと言わず、「スタイ」と言うらしい。

先日、手芸屋さんの2割引セールに行ったら、Wガーゼの可愛い生地が目に付いた。よだれかけの見本もある。これで「スタイ」を作って、先月生まれた次男の子に贈ろう。

ネットで検索したら、まぁ、レースやリボン、衿が付いていたり、パンダや熊さんの形をしたもの、男の子用にはネクタイがついていたり、色どりみどり、可愛いというより、やり過ぎなような気もしなうもないけど、今や、よだれかけも、アクセサリー、洋服の一部になっているのかな、とも思う。
無料型紙がダウンロードできるサイトもあって、便利なものだ。

ガーゼは柔らかくて、肌触りもいいけれど、ちょっと涎が多かったり、こぼしたりすると、びしょびしょになって、服まで濡れてしまう・・・という経験ありますよね。「透湿性防水シート」というのを、その手芸屋さんで見つけて、それも買ってきたので、間に挟んで、いくつか作ってみた。

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30センチの布で出来るので、調子に乗って何枚も。
娘だったら、そのうち使うから、と全部押し付けるのだけど、お嫁さん相手だと、ちょっと遠慮する^^;
こんなに同じようなものが何枚もあっても邪魔だろうと、3枚だけにして、日曜日、ご招待を受けたので、手土産の一つにした。

ちょうど生後一ヶ月になる孫は、すやすや眠って、帰るまでの2時間、結局一度も目を覚まさなかったT_Tさすが女の子・・・。
目鼻立ちがしっかりして、お嫁さんに言わせると、「気の強い子になりそう」だそうで、ま、親が言うんなら、いいでしょう。女の子は強いくらいがいいんだよ・・・

ここしばらく、サンタ作りや、クリスマス用カードや、箱作りや洋裁・・・机の上は、ミシンだのボンドだのカッターだのが、順繰りに占領していて、パソコンは、テーブルの隅に押しやられていた。
やっと、プレゼント作りも終わったので、材料は全てしまい込んだ。さすがに、年末年始の準備に取り掛からねば。夢中になって、いろんなものを作ってばかりいては、時間がいくらあっても足りない。

それに、明日は、拓郎のテレビだ!
PCも机の上に復帰した。
メールも、ちょっと書いた。
拓郎モードにならないと。

馬鹿みたいにたくさん作った「鎌倉スワニーさん」のサンタクロース。キットを手本に、手持ちの生地で勝手に数を増やすという^^;
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これは、私なりの拓郎バージョン。
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紙にパンチでステッチ用の穴が開いているカードも見つけたので、子供たち用に、せっせと刺繍もした。小さなイニシャルで誰用かわかるようにした。プレゼントを受けとったら、カードはオーナメントにしてね、との伝言付けて。

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なんだかんだで、私のクリスマスは、イブを待たずに完了。
いいんだ。拓郎モードの年の瀬で。

町内ミニミニ文化祭

3年ほど前、何の気なしに刺繍の額を出展したことから、町内の人達とだんだん繋がりを持つようになり、今年の文化祭では、いつの間にか私も委員になっていたT_T
前日の会場設営と飾り付け。こういうことをするのは何年ぶりだろう。ウロウロするばっかりでたいして役に立たないのだけど。
当日の受付当番も、人の顔も名前もわからないのだから、お飾りのようなものだったけど。

展示品も見に来る人も、年々減って、ほんとのミニミニだけれど、その分、じっくり見れば、どの作品も味わい深い。
もう絵筆は持てないからと、若い時の絵を出してくれた人。書や俳画は、さすが、年輪を感じさせる。男性は、写真の出展が多いね。

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ご高齢のおばあちゃんが、数年前まで夢中になっていた鎌倉彫。しまいっぱなしでは勿体ないからとお嫁さんが、桜を彫った美しい手鏡を出してくれて、当日、杖をついてお嫁さんに付き添われて来たおばあちゃんは、自分の手鏡が飾ってあるのを見て、目を細めていた。

編み物や折り紙や、ビーズの花、ポタニカルアート、ちぎり絵、墨絵・・・みんな、すごい!才能のある人というのは、どこにもいるものですね。お孫さんが作ったダンボールの家、高校生の篆刻・・・。

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私が感心したのは、繭の話。取った細い糸をペットボトルに巻いて、可愛いランプにしていた。

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ここの小学校では、3年生になると、蚕を飼って、育て、繭から糸を取る、という体験学習をするのだとか。その手伝いをするうち、自分がはまっちゃって、と、そのお母さんは、自宅のリビングで毎年蚕を飼っていて、その様子を展示してくれた。

昔、養蚕が盛んだったというこの地域には、まだポツンポツンと桑畑が残っていて、特にその小学校用の桑を育て下さっている家もあるのだそうです。
夏の朝、ボランティアのお母さんたちが桑の葉を狩って、学校に運ぶと、子供たちが、わっと寄ってきて、桑の葉を持っていく。ほらほらお食べ・・あぁ、いいなぁ、その光景、目に浮かぶようだわ。

桑は当然無農薬。「蚕も殺虫剤、煙草の煙、一切ダメだから、蚊取り線香も焚けないのよ」「リビングでは育てるの大変でしょう」
小さい頃、福島のお爺ちゃんの家に行くと、2階が養蚕室になってて、天井上から、がさごそがさこそ・・・怖くて眠れなかったことを思い出す。「怖くない?」「全然、可愛いよ」

「糸は、取ったあとどうするの?」あれこれ質問していているうち、生糸にならなかったものは、真綿になるという話になり・・・えっ!真綿って絹なの?私、コットンフラワー、木綿だと思っていた」・・・
こういう話になったらお年寄りは強い^^;皆さんが寄ってきて、真綿はとても暖かく、昔は、もめん綿の上に、一枚、薄く真綿を重ねて布団を作ったものだ。真綿は贅沢でねぇ、などと口々に話してくれる。
そうか、真綿は絹なのか・・この年まで知らなかった。恥ずかしい。
♪真綿色したシクラメンほど・・・
じゃあ、布施明の歌、真綿を勘違いして聞いていた人多かったかもね・・・そんな話をしたら、みんなキョトン、通じなかったT_T 若い人はその歌を知らない。うんと年配の人も知らない。


来場者はポツンポツン。
時間がゆるゆると流れ、こういうミニミニ文化祭もいいなぁ・・・
皆さん、ゆっくりと眺め、思い出話などをしてゆく。一緒に受付をしてくれたベテランさんが、私も話に引き込んで下さる。
あぁ、そうなのか、この町内はそういう歴史があるのか。50年前は陸の孤島と言われ、電話も一本しかなかった。50年前と言ったら、オリンピックの年じゃない。新幹線、高速道路で湧いていた東京。その当時、ここには、全く違う暮らしがあったんだ。
ここは、町内会でなく自治会という。みんなで会を立ち上げてゆく様子など、興味深い。
お孫さんと娘さんが同級生だったという年齢超えた思い出話も、面白かった。うちの子は留学してて、うちの孫は浪人してて、うちの孫は、うちの子は・・懐かしいね、連れてくればよかったね・・・いいなぁ、この地に歴史のある人は。

ところで、高野さん、何歳?・・え?あの・・・言いよどんでいると、「老人会に入ってくれないかな、と思って。ほんとは65からだけど、60歳からも入れるよ」・・・60歳はとうのとうに超えているけど、基準はずっと前にクリアしてるけど、でもねぇ・・「もう少し待ってください。」 
だって、老人会に入ったら、ほんとに老人になりそうだもの。
老人会には「さくら会」という素敵な名前がある。「さくら会」ならいいかな。もういつまでも拓郎拓郎言わずに、地域で静かに暮らす時が来ているのかも。

私が出したのは、フェルトのおままごと「回転寿司」とクロスステッチの額。
結構人気だったよ。

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広島旅行(4)

朝、ホテルのチェックアウトまでの時間に、広島城と広島護国神社に行った。

護国神社でお参りして、思いを新たにする。
信仰とか信条とかでなく、手を合わせていたら、何も考えない心に、今回の旅行で見た様々なことがふーっと浮かんできた、ということだ。

広島城では、天守閣まで登った。
男の人って、お城好きだよね。家族旅行でどこかに行くと、夫は必ずお城に行く。
展示物などを見ながら、ゆっくり進んで行くので、ただ天守閣に登りたいだけの子供達、歴史モノには興味のない私には退屈で、「早く!」などと急かしたものだ。
その私が、やけにゆっくり見て回る。時間ないのに、説明ビデオなども見てしまう。毛利、浅野・・・横いたら延々解説しそうな夫の代わりかな。
別名「鯉城」とも言うのだそうで、だから広島カープなのだと、初めて知る。「知らなかったの?」これまた夫がいたら、馬鹿にされそうだ・・・


空港までは、案外時間がかかる。
お昼に「尾道ラーメン」を食べて、お土産買って・・・空は上天気。
機長のアナウンスがある。どこどこ?真っ白な雲の向こうに、三角の真っ白な雲みたいな富士山が見えた。
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平和記念公園で見たもの、感じたこと、私は殊更に言うことはないだろう。
どこかに向かって発言したり、行動することもないと思う。
それでは意味がない、と思う人もいるかもしれない。
ただ、私の心に刻まれた、それだけのことだけれど、
私の心にあるものなんて、死んでしまえば消えてしまうだけだけど、
人それぞれの心にあるもの、それに意味がないとは思わない。


良い旅行だった。
親孝行に感謝しなければ。
私は、母に旅行のプレゼントなんてしたことない。

広島旅行(1)

長男が広島旅行に誘ってくれた。昨年、私が広島ひとり旅を計画していたのに行かれなくなってしまったことを、覚えていてくれたみたい。うれしい!・・・けど、いいのかな?親と一緒だなんてT_T
一日目は宮島行くけど、あとは別行動だよ。夕飯は一緒に食べよう。

安芸の宮島。子供の頃は、「秋の宮島」、だから「もみじ饅頭」なんだ、と思い込んでいたT_T


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宮島口で「穴子飯」を食べる。

この大盛りは、さすがに私のじゃない^^;
息子の分だ。私はミニを頼んだ。
思ったよりさっぱりしていて、美味しい。
鰻とは別物であることを確認。


厳島神社の海に浮かぶ赤い鳥居に、ずっと憧れていた。思ったより小さく見える。船の中では、若い女性グループが自撮りに熱中しいて、景色など全然見ない。賑やかだこと。あの自撮りってなんなのだろう、と言うのは、年寄りの証拠か。


船で着く頃は、潮が引き始めていて、潮が引くのはあっという間なんですね。気が付くと、もうたくさんの人が、徒歩参拝というか、ぬかるみの中を歩き、遊んでいる。
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私も入れる格好をしてくればよかった。鹿も一緒になって、鳥居の根元までいて、鹿が可愛い。

厳島神社は綺麗だけれど、厳かという感じはあまりしなかったかな。

「YOKOSO」で、奥田民生がライトアップされた厳島神社で「今日までそして明日から」を歌うのを見て、ワーッと感動したのは、2012年の暮だっけ。録画を見ようと思うのだけれど。


夕飯は、お好み焼き。人気店でも予約できるんだね。長い行列尻目に、申し訳ないような。
あ、ここ、2008年の除幕式の時、みんなで来た店だ!夜のせいか、なんか、あの時と雰囲気違う。
お好み焼き(広島焼き)は勿論だけれど、牛すじの煮込みが、ふわっと柔らかく、とっても美味しかった。焼き牡蠣も美味しかった。
ビールも飲んだ。
こういう時、一人旅じゃなくて良かったな、と思う。
美味しいものを食べて、「美味しいね」と言える。料理を分け合える。息子は便利だ。3分の2は食べてくれる。小さくなった胃でも、いろいろ食べられる。
「沢山食べちゃった」「よかった」だから、一ヶ月くらい前、もう何でも食べられるのかって聞いたんだよ。食べられなかったら旅行もつまらないでしょう・・・なるほど。

帰り道、コンビニに寄って、あの子はウイスキーだのツマミだの買い込んだ。ホテルで一人で飲むのでしょう。そこまで親と一緒は嫌よね。私も缶チューハイを一本。
部屋で飲みながらメールを書こうと思ったけれど、誰に書くというのか。娘たちへのLINE報告にする。
350cc一本飲みきらないうちに、とろとろ眠くなる。

今年も始まった

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慌ただしかった年末年始も過ぎて、松も取れた。明日はもう鏡開きだ。簡単に小豆の缶詰を買ってきて、手抜きお汁粉を自分のためだけに作ろう。
休んでいた刺繍も再開。歌を聴きながら刺繍をしていると、ホッとする。私らしい・・・何が「私らしい」のかわからないけれど、一目一目、目数を数えながらクロスステッチをしていると、背伸びせず、萎縮もせず、誰を気にすることもなく、そのままでいられるような気持ちになる。案外普通なのよね、私。

バックに流れる歌は、今は、みゆきさんの「囁く雨」がお気に入り。もう15年近く前の歌だ。ベストを作るとして、入らないであろう歌。なぜだか、ふと、はまり込んでしまった。


♪囁く雨に身じろぎもせず ただ さよならを全身で聴いている
 泣いてしまいたかった 人目を 気にせずに
 あいつが泣いてしまった それで泣きそびれた
  ・・・・・
 ずるいよね あたしには引き際を飾る花もない

カッコイイ歌なんだ。強がりを言う私に合っている。
イントロには、降りすぎるくらいの雨音がザーザー流れる。


雨音といえば「たえこMY LOVE」なんだけれど。

雨の中、そそくさとタクシーに乗り込むあの人の後ろ姿を思い出す。
私が、その時間、どうやって帰るのかなんて気に留めもせず、そんなふうに急いで帰らなければならないのなら、出てこなくてもよかったのに。
両方にいい顔をしようと、結局両方を裏切るその人の後ろ姿には、弱さと卑屈さ、甘さとみっともなさと、十分な優しさが滲んでいた。
だからダメなのよ・・・。少しでも私を傷つけまいと話を聞いてくれたことに感謝しながらも、あなたはもう少し毅然としなきゃ、逆に肩を叩きたくなったりして。

雨、ほんとに降っていたのかな。
帰り道聴いていた「たえこMY LOVE」の雨音だったのかもしれないけれど。この歌聴くと、思い出してしまうんだ。だって、普通、女性を置いて、自分だけタクシー乗って帰る?

♪・・・・ いたわって微笑んで終わりなんて 
 おとぎばなしにゃならないからね
 「ぶん殴ってしまえば」とやきもき雨がそそのかす
  囁く雨に身じろぎもせず・・・

アルバム「心守歌」では、「あのバスに」もかっこいい。


はは。こんなことを書く私は「おとなしく刺繍に夢中な普通の人」ではない。」


昨年末、ひょんなことから以前パートの先輩だった人と3年ぶりに会った。明後日、また会うのだけれど、30年前にニューヨークで買った刺繍のセットを持ってきてくれるという。買ったまま放りっぱなしで、布にもシミああるの・・・布だけ変えれば?折角から作ればいいのに、勿体無いわ・・・ほんとは、私がどんなセットなのか見たいだけなんだけど。

書いて何になるということもない。誰が読んでくれているのかもわからない。
刺繍ならば、刺してれば形になる。目の前に出来上がりが見える。誰を傷つけるということもない。期待をするということもない。

とにかく、今年の拓郎を見届ける。・・・それからだ。


画像のタペストリーは、いつ作ったのだっけ?戌年だったかな?もう一巡はしているはず。
十二支入っているので毎年飾れると自慢していたけど、洗ったら、赤が滲んでぼろっちくなってしまった。
キットはもうひと組あるので、作り直そうと思いながら、そのまま。デザインも、もう今時ではないね。

一ヶ月が経った

術後一ヶ月が経ちました。
昨日は診察日だった。
その日は自転車で行こうと、決めていた。自転車なら15分足らずで行くから。電車→バスまたはバスの乗り継ぎなんかよりずっと早いのもさる事ながら、一ヶ月経てば、もう病人じゃない、普段の生活に戻る第一歩がその自転車だと思っていたから。

ところが、思ったより体調回復してなくて、息子に反対される。また転んだらどうするの?タクシーで行け、と。
そうね・・・実はこの間、内緒でバスで買い物に出かけ、貧血を起こしそうになっている。ここは、おとなしく自転車はやめておくか・・・せっかく雨上がっているのにな。
けど、ここでケチ根性が。タクシーは勿体無い。バスにしよう・・・

バスは、いつも無料パスを持った年配の人でいっぱいだ。バス停一つ二つで降りる人もいて、バスは各駅停車。お年寄りが気軽に外出できる、それはいいことに違いないし、私だって、すぐにその年齢になるのかもしれない。けど、なんだかな。終点でパスを見せるだけで降りていく人に混じって、ICカードをチャランと鳴らす私が、なんだか肩身が狭いような気がするのはどうして?


お腹もよく動いている。心配なし。次は9月。ただ、市の検診は必ず受けて下さいね。胃以外にも大腸や女性関係のがん検診。そうね、受けなきゃね。

良し!と言われたって、朝起きた時の軽い吐き気、近くのスーパーに行っただけでフーフーいう体力のなさ・・・訴えたってしょうがないんだけどね。私が自分で乗り越えて行かなきゃならないことだから。
第一、元通りと言ったって、この一年、怪我続きでゴロゴロしていることが多かったから、何が元の生活なのかわからない。根が怠け者だから、目の前にやること突きつけられなければ動かない。
こういう時、拓ちゃんのツアー日程でも決まれば、パッと動き出すのかしら?こうしちゃいられないとジョギングでもするかしら?
メッセージの更新ないね。沈黙の時は進んでいる時?・・と思う事にしよう。

さて、私は何時自転車に乗るのだろう。自転車で遠くのスーパーより、歩いて近くのスーパーと心がけているものだから、アシスト付きの自転車、バッテリーは充電器にささったまま。

今年の梅雨は、ことのほか長いような気がする。
自転車で坂道登って、紫陽花を見に行けたら、と思うのだけど。

ガンバルもガンバラナイも

手術の翌日、「今日から歩いてもらいますよ。頑張りましょうね。」
最初は看護師さんについてもらって一周。あとは自分で頑張って練習して、「一人で歩いてレントゲン室にも行ってもらいます。」
・・・の予定が、歩くどころか座れない!身体をベッドに腰掛けようとしたとたん、吐き気と冷や汗とで、はぁはぁと苦しいこと。無理だァ。
「しばらく休んで、また頑張りましょう」

一時間ほどして、またやってきた看護師さんは、「ゆっくり身体を起こして・・・」優しく手を添えてくれるけど、やっぱりダメ。1分と座っていられない。

レントゲンは午後にしてもらいますから、また頑張りましょう・・結局、その日はレントゲンの機械を病室まで運んで撮ってもらった。

次の日の朝もだめだった。情けない・・・歩けなければ、何も進まない。管が外れても、トイレにも行けない。
回診があって、その中の一人の女医さんが「背中から入っている痛み止めがじゃましていることもありますから」安心して、というように、ニコッと笑ってくれた。
主治医も来て、「落としてみましょう」

看護師さんが血圧を計る。「これなら大丈夫かもしれない」
座っても大丈夫。あ、立てた! ソロソロと病棟内を一周する。「あとは、自分で頑張ってね」


怠け者の私は、ガンバラナイ。こんなフラフラで、一人で歩いたら転ぶかも知れないもんねー。
私が、根性無しなんじゃない。原因があって、薬で血圧下がるから身体起こしたとたん貧血、だったんじゃない。まずは外的要因を疑え、だわ。ガンバルもガンバラナイもないじゃない。心の中で毒づいてみる^^;

次男が来て、「一緒に歩こうか」。息子に手を取ってもらって歩くのは恥ずかしいけど。
「日頃の運動不足がこういうところに出るんだよ」「呼吸の練習もしてなかったでしょう」・・・口にパイプをくわえて、フーフースースー、馬鹿らしくてサボってたんだった。医療機関に務める次男は、優しいけど、手厳しい。


流動食が始まっていた。
夜、またトイレの中で、フラフラになる。気持ち悪い・・・。トイレでナースコールは恥ずかしいから、回復するまでじっと座って待って、ようやく歩き始めたら、看護師さんが「どうしたんですか」病室まで連れて行ってくれた。吐き気止めの点滴をしてもらい、やっと寝る。
次の日も同じ。

ちゃんと時間をかけてゆっくりよく噛んで食べていますか・・・時計、前に置いて、時間見ながら30分かけて食べているわよ・・・食後、すぐに横にならず、上半身持ち上げて、しばらく休む、それもしてるってば。それでも半分しか食べられないのに、気持ち悪くなる。お腹も痛くなる。冷や汗も出る。それって、私のせい?私がガンバらないから?


一日6食、おやつに「うどん少々」だの「おじや少し」だのは、もう食べないことにした。ウエハス、カステラの時は食べる^^;
夕食と一緒に置いておかれる「9時の夜食」も食べない。第一、9時消灯じゃん。「寝しなに物を食べるな」って親に言われてきたしさ。自分のお腹は自分で大事にする。
か細げに「食べられなくて・・」と言えば、看護師さんも「いいんですよ。無理に全部食べなくても」優しく言ってくれる。

金曜日、主治医が「月曜に抜糸して退院です」えーっ、こんなに調子悪いのに?
3分の1になった胃に身体全体が慣れるまで半年くらいかかります。ゆっくり慣れて行ってください。

私のフラフラ具合を見ていた家族は、誰も月曜に退院出来るなんて思っていない。すみません、迎えの都合がつかないので火曜日にしてください。

退院となったら、急に元気になったような気がする。今食べていいもの、食べられないもの、ちゃんと考えて、美味しく作ろう。工夫しよう。マイペースで過ごせるじゃん。


家に帰って来たら・・ショックなことに、猫のジーナが私を忘れてる!たったの8日間なのに?ふすまの向こうからじっと私を見て、さっと逃げる。
猫は人につかないというけど、あんまりじゃん。撫でてやればゴロニャンするけど、人様に撫でられているような距離感。ま、いいさ、そのうち・・


朝は薄いミルクティーに柔らかいパンを一口。10時のおやつは、フルーツとヨーグルト。お昼は煮込みうどん。半玉でも今は多くて、残してしまうけど。3時は、蒸しケーキだったりプリンだったり。これも、半量なんて言われなくても、半分も食べられない。自分の胃がストップをかけてくれる。
夕飯はおかゆお茶碗半分とあれこれ。百均で買った小さな土鍋でコトコト煮たおかゆの美味しいこと。
夜食は食べない。胃が重くなつてしまう。

カルシュウム不足かも知れないし、カロリーも足りていないかもしれない。でも、いいじゃん、メニュー通りにガンバらなくったって。無理して食べて気持ち悪くなるより、快適に過ごせたほうがいいもの。そのうち、食べたくなってくるに決まってる。今、多少痩せても、ちょうどいいくらいなのだし。

全然お腹が空かないので、今日はお昼もおやつ兼で、バナナ半分で済ませてしまった。そしたら夕方お腹がすいて、久しぶりの空腹感だ!とうれしくなった。

♪がんばらなくてもいいでしょう
 私なりのペースでもいいでしょう

拓郎のこの歌が、やっと馴染んだ・・・・

長男が言う。「ついでにお腹の脂肪吸引もしてもらえば良かったのに」・・・馬鹿!

三分の二

この春3年生の孫は、今、折り紙に、はまっているらしく、春休みには、ぶ厚い折り紙の本持参で遊びに来ていた。バラの花だのパンダだの、せっせと折ってゆく。谷折り、山折りを教えたのは、ついこの間のような気がするけれど。本を見ただけで、もうこんなに出来るんだ。ちょっと面倒な折り方だと、私は、もう投げ出してしまう。折ってあげる方から、折ってもらう方になってしまった^^;

今度は、折り紙の本、お人形のページに挑戦。茶色で頭を折った。洋服は縦半分の大きさだ。水色のワンピースが出来た。手と足・・・うんと、同じ大きさの紙だと大きすぎて変だから・・・独り言を言いながら、肌色の折り紙を4つに切って、丁度いい、とご満悦。紫の折り紙も4つに切りブーツを作った。
並べてみて、「頭が大きい、小さくしよう・・・」「おばあちゃん、これ、そのままだと大きいし、四つに切ると小さすぎるし・・・」3分の2にしたら?・・・3分の2?
「紙を、上の方だけ三つに折って、少し折り目をつけるでしょ。その二つ分のところを真っ直ぐに折って・・・角を持ってきて・・・四角くするの」
あ、丁度いい!
横で見ていたお父さんが、「顔のところが裏になって白いよ。クレヨンで塗ったら?」・・・・「そういうのは嫌なの」。肌色の折り紙を外表に重ねて折り直した。
よしよし、、なかなか賢い。

次の日は、ディズニー土産のオラフのナノブロックに挑戦。
長男の助けを借りて、、細かいパーツを必死に重ねて行く。小三には、少し難しそう。
「ふうっ。やっと出来た!」頑張ったね。半分位自分で出来た?
「もうちょっと自分でした。う~ん・・・3分の2くらい」
3分の2!! 思わず笑った。
あの子には、きっと「3分の2」が定着した。まだ学校で分数は習っていないのだろうけど。
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拓郎は肺の75%を切った、と言っていた。75%が残っているのだっけ?
もう12年も経つと、切ったことさえ忘れてしまう。
75%は、4分の3。3分の2とどっちが大きかったっけ?分母を12にして計算してみた。なにやってんだろ、私。

拓郎は69才になったのですね。60代最後の年か・・・
70才の区切りに、拓郎は、きっと何かやってくれる、とずっと思っている。今年は間に合わないだろうけど、来年なら2016年。「2006つま恋」からちょうど10年だ。もう、拓郎に大きなものを背負わせるのは気の毒、という考えもあるかもしれない。けど、いつも空に向かって、大きく手を広げていて欲しいのです。
無理に「つま恋」というのじゃない。でも、何らかの形できっと。
その時、みんなと一緒に、元気で楽しく見られたらいいな。

頭の上、時が流れる

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気分転換に青木和子さんのバラを刺繍していたら、遊びに来ていた孫が寄ってきて、「いいなぁ、私、綺麗なものが好きなの」・・「そう、じゃ、もうすぐ誕生日だから、プレゼント、これにしようか?」
クリスマス、お正月、誕生日・・・プレゼントづくしから、そろそろ抜けたいな、と思っていた。大体、今の子はおもちゃのもらいすぎだ!

額に入れて飾るより、あの子は、たぶん、布として触りたいのだろう。タオルやハンカチでお人形と遊ぶのが大好きだから。クチャクチャになって、糸も切れてしまうかもしれない。キルト綿を貼って、周りにボーダー付けたら・・・。ギリギリの大きさの布に刺していたから、幅は広く取れない。中途半端だけど、ま、いいか。
これは、タペストリーなんかでなく、ぬいぐるみの、ちょっと豪華なお布団になってしまうんだろうな・・・


そんなこんなをしていたら、携帯が鳴る。知らない番号は出ない・・・けど、鳴り方が何か違うような。出てみたら、夫の高校時代の友人だった。
定年後の再就職で東京に出ていたけれど、その勤めも終って、いよいよ3月、故郷に帰ることになった。その前にお線香をあげに来たいという。
そして、昨日、電車を乗り継いで来てくださった。

夫の最大の悪友。私もあだ名で呼ばせてもらって、帰省のたびに、何度かお会いしている。20年くらい前だったか、夫、義母、そのチョッケイさん、私と4人で食事をしたとき、お酒の勢いも手伝ったのか、私に、結婚当初の雰囲気と違う、という。「老けてすみません」笑ったっけ・・・・内心笑い事じゃなかったけどねT_T 気さくに私ともそんな話のできる仲だった。

酒も煙草も、高校時代、二人で覚えた話。大学は別だったけど、帰省していたとき、急に思い立って、ボロ車を調達し、10日間、二人で全国あちこち旅をした話。
それにしても早すぎる。何度も繰り返して言う。これからゆっくりできたのに。

夫はそのままの年なのに、同級生は歳を重ねる。当たり前のことにしみじみする。

そうですか。再定年なんですね。生きていたら、あの人も第三の人生だったかなぁ・・・。奥様とどうぞ仲良く。

駅までお送りして、見送ったら、もうチョッケイさんとも会わなくなるのかな・・・少し寂しくなった。
夫が亡くなって、消えたもの。その一つになってしまうのかもしれないな、って。
どうして私の携帯の番号、知っていたんですか。聞きそびれた。

うそ

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木鷽(きうそ)
      

知らず知らずのうちについたすべての嘘を天神さまの誠心に替え、また、これまでの悪いことを嘘(うそ)にして今年の吉に取り替える


以前読んだ小説に、主人公が恋人と湯島天神に行き、「鷽」を買い求めるくだりがあった。
「災いを嘘に替える」ことよりも、「ついた嘘を替えてもらう」というところに心惹かれ、「鷽」、どんなものなんだろう、ずっと気にかかっていた。

4年前、夫と初詣に天満宮に行ったとき、「あ!うそがある!」 小さな木彫りの人形。素朴で可愛い。破魔矢よりもお守りよりも、私は、「こっちがいい」。夫は「何?それ?」と笑っていたけれど。だって、私、よく嘘をつくから・・

今年、ようやく神社に行った。
その時の破魔矢がそのままだった。手術のあと、初詣に行かなかった。一昨年は暮れから入院したのでお正月を家で過ごすことが出来ず、一時退院の時、行く?と聞いたら、「治ってから行くよ」・・・

そのまま置いておこうかとも思ったけど。夫と最後の初詣だったから。無くなるのは寂しいような気もしたから。でも、やっぱりいけない。お納めして残された者の健康、お祈りしてこよう。

テレビの脇に置いてある「木鷽」は、しょっちゅう見当たらなくて、あら?と思うと、猫が転がして遊んでいる。また、こんな所に・・・拾って戻しても、戻しても、前足で、ちょんちょんとつついて落としては、転がす。
「この鷽は返さなくていいかなぁ・・」 あれだけジーナが転がしてくれていたら、嘘も転がるわ。
あんまり転がすので、頭がはげかかっている^^;

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「鷽」というのは、こういう鳥。

「うそ」という漢字は、「學」の中が鳥になっている。私は、初めて見たとき、「鶯」の真似だから「うそ」なのかと思ってしまった^^; 学問の神様の「學」に鳥なんだよね。
菅原道真が蜂に襲われた時に、ウソの大群が飛んできて助かったという言い伝えがあって、それで「鷽」。
梅や桜の実を食べてしまうので、困った鳥でもあるらしい。