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京都に行った(2の1)

2年くらい前だったと思う。あるサイトで「鞍馬・貴船」という紀行を読んだ。疎い私は、それが京都だということが、すぐにはピンと来なくて、何か不思議な怖いようなものを感じながら読ませて頂いた。
鞍馬山を登る。貴船にたどり着く。
簡単に言うと、そういうことだけれどm(_ _)mその中に込められたもの。その人にはその人の「行かなければ」という思いがある。
突き動かされるものを持った人の足取りは、強く、早く、息吹が伝わるようだ。九十九折(つづらおり)、木の根、やがて聞こえる川の音・・・一枚の絵、一枚と言っても、長い巻物のようなものかな、を見たような読後感が残った。
「女性の一人歩きは勧められない」 「午後2時には下山を始めたほうがいい」 「鞍馬から貴船へと行くべき。貴船から鞍馬ではなく」そんなことも書いてあったように思う。
私には足を踏みいることのない場所なんだ、そう思っていた。

それが、昨年、新聞の日曜版に 「近うて遠きもの・・・鞍馬のつづらをりといふ道」 という清少納言「枕草子」の言葉と共に、鞍馬寺の参道、九十九折の写真が載っていた。
新緑の中登る参拝者たち、それは、鬱蒼と深い山に入る、というより、爽やかな初夏のハイキングのような雰囲気だった。私にも行けるかな・・・

その記事には、「絶望の中で書かれた機知」として、清少納言の枕草子が、どういう状況で書かれたものであるか、ということに触れられていて、それなりに面白かったけど、正直、それほど興味がないT_T
ただ「近うて遠きもの」という言葉には、惹かれた。
「近うて遠きもの」かぁ・・・私だったら、そのお題になんて答えるだろう。
ま、ここには拓郎ファン以外はいないということで、「吉田拓郎」にしておくかなT_T

で、京都に行くなら鞍馬・貴船に、と思ったのか、鞍馬に行きたくて、京都に行こうと思ったのか、わからないけれど、場所や行き方を調べ始める。ガイドのページもいくつかあった。貴船は人気なんだね。
パワースポットとか、霊気、とか、そういう言葉がよく出てくる。若い子の間で、パワースポット巡りが流行っていることは、数年前から言われているけど、何がパワースポットなのか、わかんないや。ここがそこだと知らなくても感じるんならすごいけど・・・と、また批判ばっかりの年寄り根性がT_T

朝の叡山鉄道「きらら」に乗りたい。出町柳8:40発。そこから逆算して、予定を決めていく。朝食は、ホテルの朝食は取らなかった。前日にパンでも買っておいて・・・それでもいいけど、それだと歩くパワーが足りなさそう。コンビニでおにぎりでも買って持ってく?その辺に腰掛けて一人で食べるのもみっともないなぁ。
有名なイノダ珈琲で「京の朝食」を食べていくことにする。
そこなら7時からやっている。一度は行ってみたかったし。観光客としては、いい選択かも。

経路を調べると、乗ったことのない電車の乗り換えは不安だけど、十分間に合いそう。ノートにしつこく時刻を書いてゆく。なんで地下鉄が「京阪三条駅」で、京阪電車の駅が「三条」なの?この乗り換えって何分かかるんだろ。
別に間に合わなかったら何時の電車になろうと構わないんだけどね。一人旅なのだし。
行き当たりばったりで、のんびりと・・・そうなれないのは、細すぎた夫の影響なのか、その「鞍馬・貴船」を書かれた方が、几帳面に時刻を記していくのに感心したからなのか・・・ほんとは、私、大雑把なんだけどね。

前日の疲れでぐっすり眠った・・おかげで、朝早く目が覚めてしまう。アラームも何も、4時半頃起きてしまうのだから。家ならパソコンで時間潰すんだけど。
仕方ないので、朝食の前に、近くで寄れる所がないか、詮索してみる。イノダ珈琲の近くに「六角堂」というのがあった。拝観は6時からだって。よし、そこに寄ろう。
6時前にホテルを出る。細かい雨が降っている。パーカーを羽織る。
初めての地下鉄でも、行けば、ちゃんと乗れるものだ。京都は昨年あたりから「PASMO」や「Suica」使えるようになっていて、やっぱり便利ですよね。ICカード。マゴマゴしなくて済むもの。
烏丸御池、普通に「からすまおいけ」と読めばいいのだと、電車のアナウンスで知った。オフィス街なのですね。

何も知らず、ただ近いからという理由で時間潰しのように来てみた六角堂だけれど、由緒あるお寺なのですね。その厳正な中にも親しみを感じる佇まいに、ふーっと息を吐く。感嘆という言葉は、ちょっと違う。ふーっと息を吐いてまっすぐ立ったら、お腹が平らになった、というか。これって、最近体操をやっているからの感想?^^;
聖徳太子が創建された、いけばな発祥の地などの説明を読む。

小雨降る早朝、すでにお参りをする人が、ちらりほらりといる。出勤途中だろうか、スーツ姿の男性が、さっと参拝して行く。地域に密着しているんだ。
お線香を持った女性が「火がなくて」と困ったように言う。炭団の火は消えている。ロウソクはあるけれど、点っていない。参拝は六時からと書いてあったけど。そうこうするうち、納経所というのか、戸を開ける人がいる。
尋ねると「また火は入れていない」。その女性は「では、中の火を使わせてください」・・・私には、なかなか、そんなふうに言えないなぁ。諦めて帰るか、火のついていないお線香をそのまま挿して行くかだわ・・便乗して、私もお線香を二本頂いて、お参りをする。

地面に着くまで長く伸びた柳の枝に結ばれた御籤の神が、白い花のよう。
十六羅漢という小さなお坊さんの像があった。

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「和顔愛語わげんあいご」というのだそうで、いつもニコニコ優し顔で穏やに話すよう心がければ、必ず良い報いがある、ということらしい。笑顔と優しい言葉、というのは、私に一番足りないところだ、と、わかっていても、そうならないんだよね。そうしよう、と思って、そう出来たらどんなにいいだろう。

7時までは、まだあるけれど、私のことだ、きっと迷うでしょう。案の定、地図を見ても、自分のいる通りがわからないT_T
観光客らしい二人連れが通ったので、聞いてみる。日本語が通じないT_T 
自分で探そう・・・歩き始めたら、様子を見ていたらしいご老人(男性です)。雨も上がって、くるくると巻いた傘をステックのようにすっと差し、「本店ならここをまっすぐ行って、次を右に曲がる、三条店なら向こう。」
さすが、京都のご老人というべきか、背筋もしゃんとして、言葉少なく的確で、お礼を言ったら、軽く頷いてさっと去っていった。

テレビで何度か見たイノダ珈琲の店内。思ったより広くて、街のホテルのティールームみたい。
2階も別室もあるようだ。

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お年を召された方が、数人、ポツポツとコーヒーを飲んでいる。皆お一人なのが、ちょっと見られない光景だ。いいですよね、皆さん、お洒落で。

高田渡のコーヒーブルース
♪ 三条に行かなくちゃ 三条堺町の イノダっていうコーヒー屋へね

あ、この歌は三条店だった。

「京の朝食」を注文する。量が多そうで食べきれないような感じがしていたけど、ミーハー観光客だもんね
・・・ほんとに多かった。山盛りの千切りキャベツと、スクランブルエッグは卵一つ分じゃないよね。分厚くて大きなハムを軽くソテーしたもの二枚。ミニトマトとグリーンアスパラとスナックエンドウと人参ソテー。
オレンジにクロワッサンに、ジュースとコーヒー。食べ始めて、あ、写真撮ればよかった・・・
いつもそう、撮ってから食べる、というのが身についていない。というか、料理は、出されたらすぐに食べよう、と思うのだ。自分の料理も、滅多に撮らない。私などモタモタして、熱いものが冷めちゃうからね。

美味しいかもしれない。でも、驚く程でもないような・・・ごめんなさい。
お店の雰囲気はとっても素敵。店員さんも感じいい。ここの、ミルクとお砂糖を入れてきてくれるコーヒー、好きだ。もっと軽いモーニングがあったらな。

常連なのでしょう。お年寄りたちが、声を掛け合い、同席して、親しげな笑い声が聞こえてくる。朝のひと時、こういう店で仲間と過ごすのね。いいなぁ。

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トイレに立ったら、インコがいた。


さて、今度は東西線というのに乗らなくちゃ。まっすぐどんどん歩いたら、東西線の入口があった。
「京阪三条」→「三条」の乗り換えも、そうよね、みんな乗り換えるんだものね、難しいわけはない。東京の地下鉄のようには込み入ってない。
「出町柳」には、早く着いた。来た電車を見送って、ホームで次を待つ。
やっぱり私は夫とおんなじことをしている。早め早めに。
ゆっくり行ったって、同じ電車に乗るのなら、結局時間の無駄遣いをしているのかもしれないのにね。

でもまぁ、そういうわけで、無事乗り込んだ「きらら」は、先頭に座ることができて、運転手さんの後ろから左右に青もみじを見ていた。
叡山電車というのは、沿線に学校も多くて、登山電車のような趣は、終点の数駅前からだったけど。

鞍馬駅に着いた。
天狗のお面が出迎えてくれる。
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小さい頃見た映画や紙芝居の「鞍馬天狗」は、ここから来ていたのか。
私には、鞍馬天狗と言ったら、やっぱりあの頭巾をかぶった正義の味方だわ。さすがに嵐寛寿郎は知ってるけど古い。東千代之介とかさ。


_続く_

京都に行った(1)

一昨年の誕生日に、長男が旅行券をプレゼントしてくれた。
どこへ行こう・・・うれしいからこそ、無駄には使えない。ゆっくり考えようと思っているうちに、今年秋までの有効期限が迫ってくる。
そうだ!京都に行こう!

京都に行くなら、まずは清水寺。なんてありきたりなんでしょ。夫と行った新婚旅行の京都、清水寺の舞台で、お水を受けようと柄杓を伸ばす私の写真が可愛いから・・・なんてね。

もう一つ、京都で、行きたいと思っていた場所がある。新聞の切り抜きをファイルに入れて、今も時々読み返す。それは二日目に。

旅行券は宿泊に使わせてもらって、新幹線は、以前名古屋や山形に行くのに重宝したジパングに入ろう。会費も安くはないけど、一度往復すれば元が取れる。
花の季節は混雑この上もないというし、高い。GW後の平日がいいかな。新緑の京都も良さそう。案外穴場かも。
この際だから、ちょっといいホテル、とも思ったけれど、ケチな私は、半分とっておけば、もう一度どこかに行けると思う。どうせ寝るだけだもの、清潔ならどこでもいいや。
旅行って、目に見えないところでお金使うよね。小さな土産、休憩に飲むコーヒーや、目にとまった美味しそうなもの・・・ケチケチするのも楽しくない。そっちに使おう。

最初、昼前に着く新幹線にしようと思ったのです。けど、外人客や修学旅行生でいっぱいであろう京都の、「誰もが行く」定番コース。
バスでなく、電車+徒歩の行動を予定を組んだけど、いっそ早い時間から行動することにしたらどうだろう。
朝はゆっくりと思えば、ゴミ出しだの、洗い物だの、掃除機もかけて行こうか、等々用事を増やして忙しいだけだ。
準備をしっかり。当日は出るだけにして、6時台の「ひかり」にしようかな。(ジパングは、「のぞみ」は使えない)

たぶん、新幹線は空いている、隣に誰が座っているかわからない指定より、自由席の方が、きっと快適だ・・・そう考えたのは正解でした。3人掛けの席にずっと一人だった。
車内で前の日に聴けなかった「拓郎ナイト」の録音を聴くつもりでいたけれど、何か違う。気分が違う。
拓郎を忘れて、景色を見よう、のんびり旅気分を味わおう。HPに伝言するのでなく、持参したメモ帳に書いておこう。
そういえば、コンサート会場で、せっせとメモ取る人がいたっけ。メモした言葉の断片からライブを蘇らせる、それは、素敵な驚きであったけど。

まだ田植えは済んでいないのかなぁ・・・ぼんやり外の景色をを眺めていたら、あ!「つ・ま・恋」の看板!外していないんだ!あのままなんだ!写真など撮る暇もない。
「ただいま掛川駅を通過しました」と電光掲示板が。通過してから知らせてくれたって。拓郎忘れて、のはずだったのに。


右も左もわからない京都駅。とりあえずコインロッカーに荷物を入れる。
あたりはそう混み合っている雰囲気でもない。無理に電車を乗り継いで歩かなくても、バスで行けるかも。バス停の様子を見て考えよう。
目指すバス停には人が並んでいたけれど、長蛇というほどでもない。係りのおじさんは手馴れたもの、上手に乗客をさばく。バスで大丈夫そう。
私の数人前でいっぱいになったので、次を待つ。たしいた時間ではない。乗ると、「清水寺は前、銀閣寺は後ろ」との指示がある。どちらかというと、銀閣寺の方に惹かれるけど、清水寺決めたのだから。
一番前に座って、道、すいているじゃん、あれは三十三間堂だ、京都だねぇ、などとボーッとしていたら、15分足らずで着いた。
どちらに向かって歩く、と考えることもない。人が向かう方に行けばいいだけだ。左右に分かれた道は、右の「ちゃわん通り」にした。
通りの名前通り、瀬戸物やさんが並んでいるけれど、お土産品の瀬戸物買ってもね、と思っていたら、小さなフクロウの置物が。一つ一つ形や表情が違う。500円か・・・。

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夫が生前、やけに「フクロウ」「フクロウ」と言っていたので、フクロウの物を見ると、つい買いたくなる。
仏壇にお供えしよう。

清水寺は、外人さんも修学旅行生も当然大勢だったけれど、普通の観光地でも、土日ならこのくらいは。

改修中なのは承知の上、とは言っても、資材で囲まれている姿、眺めのいい遠くから見渡せば、お堂の上から黄色いショベルカーの先っぽがニョキッと覗くのは、なんだかね。

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40年前の新婚旅行で夫に撮ってもらった写真と同じポーズの私を私が撮れるわけないのだし。
でも、新緑の中、あれは何の塔?なんというお堂?・・・自分のペースで、のんびりと見て回るのは楽しかった。

「随求堂(ずいぐどう)胎内めぐり」というのもしてみる。
靴を脱ぎ、真っ暗な中に入ってゆく。ほんとの暗闇。左手に掴んだ縄だけが頼りだ。怖い。どこまで続くんだろう、と思った頃、ぼーっと明かりが見える。
微かな灯りを放つ石に、手を置き、こういう時願うのは「家族の平穏な心」それしか浮かばない。
「こういうものは・・」と批判するのは簡単だし、以前の私なら、やらなかったかもしれない。でも・・・ほんとに暗かった、見えた明かりにホッとした。それでいいじゃん。
おみくじも引く。おみくじというより助言だ。「年をとれば足腰も弱ってきます」だって。くっ。

これまた定番の、産寧坂、二年坂を通って八坂神社に向かう。
修学旅行で、夫との旅行で、通ったこの通りは、50年前、40年前と変わらない。そりゃ、人も店も、賑わい方も変わっているのだろうけど、坂そのもの、というか、街の作りは、そう変わるものではない。人が太っても痩せても、骨組みが変わらないように・・・少し違うか。
ちょっとお腹が空いたかな。お昼、混まないうちに、たって、入る店がない。どれも値段は張るけれど、実際がわからなのだもの。
それに、明後日、帰る日に大切な友だちが、ランチの予定を組んでくれている。それが楽しみだから、京料理のようなものは食べないでおきたい。

ささっとうどんかお蕎麦でも・・・こういう時、○○うどんのチェーン店が、あったら便利だなぁ・・・あるわけないけど。仕方ないから九条ねぎの蕎麦、というのを食べに入る。

関西のうどんのお汁はとっても美味しいと思うけれど、蕎麦にもこういうお汁ってどうなのよ、うどんと蕎麦って、家庭でもお汁変えるよね、と関東生まれの私は思ってしまう。
美味しいことは美味しかったけど、なにせ、量が多い。残すのも失礼かと・・・ふーっ、食べるのに疲れた。
元のように沢山食べられるようになった私だけれど、ものによっては食べきれないんだ。
「量を減らしてください」それが店にとって、案外面倒なことを知っている私は、なかなか、そう頼みづらい。


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二年坂に向かう角が嫌に混んでいる。行ってみてわかった。写真渋滞だ。京都の趣十分な坂、写真を撮ろうと・・・今時は、景色の写真でなく、自分の写真を撮りたいのだもの、時間もかかるわ。


修学旅行生が急に増えた。やっぱ、朝早い行動開始に限る。
今時は、中学生でも自由行動が多いのね。お昼もめいめい好きな店を選んで入る。「修学旅行生割引」という張り紙も目に付く。何食べる?どこに入る?・・・楽しそうだね。

私が中学の頃は、「日の出号」に乗って、京都についたら、バスに乗せられ、降りたら、紺色の制服を着たガイドさんの旗について行き、金閣寺など。
見たら、また次。どこをどう見たのやら、どんな説明があったのやら。お昼ご飯をどうしたのかも覚えていない。お弁当が配れたのではなかったっけ。
夜は「正露丸」を飲まされ、嫌だったなぁ・・・こっそり捨てた。

みんな言うの。京都?修学旅行で行った。でも、全然覚えていない。大人になってからこそ行く所ですよね。
「私、新婚旅行で行った。」すると、「まぁ、修学旅行みたいな」・・・とはハッキリ言わないか。自分で、「修学旅行みたいでしょ」と先制してるのか。

「七味屋」さんで七味を買う。私用には七味、長男には辛口一味だ。あの子は、七味のぶつぶつが嫌だと一味にしてる。そのブツブツと香りが美味しいのにな、と私は思うけど。

みたらし団子だのなんだの、美味しそうなのに、お腹いっぱいで食べられない。お蕎麦をちょっと後悔する。
買う気もないのに、あの店、この店と、入ってみながら、、二年坂を下りてゆく。適当にあちこち曲がってみては、路地を楽しんで歩く。

途中に「酒屋さん」があった。店構えはひっそりと地味なのに、並んでいる京都のお酒の銘柄がすごい。あれもこれも買いたいな。宅配便で送ってもらおうかな・・・いけない、いけない、つい気が大きくなってしまう。
「買っておけば、みんなが来た時飲める」「飲んで欲しい人に送ろう」・・・そういうのはやめよう。

八坂神社だ。


祇園四条駅まで歩き始めたら、ポツポツ雨が降り始める。ちょっと休憩。
まだ一時半。ホテルに行く前に、もう一つ行けるよね。
検索すれば、いろいろ出てくるけれど、スマホで地図を見るのは苦手なので、路線図だけはコピーして手帳に挟んで来た。
京阪電車でここから5つ目に「伏見稲荷駅」がある。今や外人さん人気ナンバーワンだとか。近いし、手頃かな。


駅で降りると、結構な賑わい。参道には屋台も並び、下町のお祭りのような雰囲気もある。
お稲荷さん、キツネさん、馴染んだ光景なのかな。

ここが千本柱か・・・テレビや雑誌で見かけた。CMでもやっていた。赤い鳥居がずーっと続く。
・・・のだけど、外人さんも、浴衣姿の若いカップルも、グループも、写真を撮るのに夢中で、そこが通路だろうが、人の流れを妨げようが、眼中になし。人が団子になっている。
二年坂でもそうだったけど、撮りたいのは風景でなく、そこにいる自分なのだもの。
赤い鳥居をバックにした浴衣姿の自分を、「稲荷神社に行ってきました」とインスタグラムにあげるのだろう。

そういえば、広島で厳島神社に向かう船の中、景色など全く見ず、自撮りに夢中だったグループのはしゃぎ声がうるさかったなぁ。それも若さというのもかとも思ったけど。

私は、写真を撮る気などなくなって、山の上まで登ってみようかな、と、変な反抗心を起こす。
折りたたみの杖はバッグに入っている。30分くらいだと言うし。雨も止んだ。

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少し登っただけで、人が少なくなる。ここまでくれば、周りも静かで、思う存分撮れるのに。
そういうことはしないのか。
もっとも慣れない浴衣姿で山登りは出来ないけどね。


「インスタ映え」という言葉があるのだそうだ。確かにここは「インスタバエ」する。
「インスタ映え」のする写真を撮るために、並んで人気のお菓子を買う。見映えのする料理を作る。それはそれは上手に撮る。
旅行する、お参りをする、行けば、自撮りだ。
何か違う、と思うのは、おばさん、おばあさんの証拠かな。

ま、いいや。
それにしても思いつきで登る山のきついこと。行き交う人も滅多にいなくなった。なぜか白人系の外人さんが多い。やっと着いた、と思った神社があった所は、てっぺんではなく、そこから20分もあるのだそう。
巫女さんに、「今日は涼しいからここまで登つて来られたんですよ」と慰め?られる。
えーっ。ここからさらに20分?でも、せっかくここまで来たのだから、最後まで。
それも、明日のいい練習になる。気を取り直して、また登り始める。杖があってよかった。
途中、若い男の子のグループに遭遇したので、「もうすぐですか」と聞いてみる。
汗だくの男の子は、「まだまだ先です」だって。うへぇ。

上が見えない急な階段を何段も登る。どこまで続くんだろう。とっくに20分以上は歩いている。
さっき一緒だった外人さんと、また一緒になる。微かに「しょうがないね」とでもいうように、首をすくめたような。
まだぁ、もっと先ぃ?20分など嘘ばかり。登れば降りなくちゃならない。帰りもあるんだよね。一人でブツブツ言いながら、とにかく歩く。

と、ここ?拍子抜けするほど、普通の場所だった。見晴らしが良いわけでもなく、神々しい雰囲気があるわけでなく、普通に「末広の神様」が祀られていた。
ここは観光地でなく、信仰の山だもの、登ってくることに価値があるのだろう。
売店には、飲み物の自動販売機と、暖簾と手ぬぐいと。
いつからか登ってきているカップルの男性が「ここが頂上です」というものがあれば、売れるだろうに、何もないじゃないか、と言ったけれど。
手ぬぐいを見せてもらう。「朝夕に 願う心の届きなば 恵ぞ深き 末廣の神」。
以前あった御籤の大吉の詞が書いてあるんですよ。おじさんが説明してくれる。
青に染め抜いた山と鳥居。黒い文字の地味な手ぬぐい。「一つ頂きます。」すぐにそうやって買うから^^;

さて、帰り、5分ほど近いという別の道を下る。
知らない所に行くのは遠いけど、さっきいた所に戻るのは近い。足には下りの方がキツいけど、気分はスイスイ。
途中「おもかる石」というのがあった。願い事を三度、心から念じれば、軽々と持ち上がる石らしい。
試してみようと、三度念じたけど、ビクともしない。私の念じ方が足りないのね。 
通りかかった外人さんが、石を持ち上げようとする私を見て、「手伝いましょうか」とでも言うように近づいてくる。
私はノーノーと、横に手を振った。

あっちにもこっちにも狐さんがいる。お稲荷さんだもの当たり前。
油揚げに詰めたお寿司を「おいなりさん」というのはわかるけど、狐が、どうして油揚げが好きなのかは、わからない。
人間に狐人間と狸人間がいるなら、私は狸の方だ、とずっと思ってきたけど、狐に近づいて来てるかもね、
とか、わけのわからないことを考えながら、下る。
駅には4時を目標にいしてて、せっせと下っていたら、これから登る人もいる。大丈夫なのかな・・・

京阪に乗って東福寺で乗り換えなくても、すぐ近くのJR奈良線「稲荷駅」ならほんの二つ目なことに気がついた。
京都駅、コインロッカーの荷物を出し、ホテルまで歩く。
シャワーを浴び、さっぱりしたら、夕方からどこかに出ようとも思ってたけど、面倒になった。手軽に済ませよう。明日も早いし。
明日は。鞍馬・貴船に行くんだー。