お通夜に行ってきた。弟のお嫁さんのお父さん。
たまたま先日、弟と会って、お嫁さんのクミちゃん交えて、思い出話に花を咲かせていた。その三日後の訃報。不思議なもので、人はそんなふうに、間際に思い出を引っ張り出してゆく。
子供たちが小さかった頃、姉の子も混じえて、鎌倉の家に呼んで頂いたことがある。腰越の海で遊び、夕方のバーベキューと、スイカ、花火。絵に描いたような夏休みのひと時だった。
結婚したばかりの娘の連れ合いの姉たち。「よろしく頼みます」というお気持ちもあったのでしょう。丁寧にもてなして下さった。
小さい子が騒ぐのにも嫌な顔一つせず、優しく歓待してくださるお父様だった。お休みだった広い工場で、かくれんぼをして遊ばせてもらったこと、子供たちは覚えているかしら?
クミちゃんは、身長170センチもあるスラリとした美人さんだ。今時は、170センチも珍しくないけれど、あの頃、チビ揃いの母達には、ため息が出るほどだったのよね。結婚式、文金高島田、弟も小柄の方ではないけれど、頭を越してしまうほどの高さになってしまって、「綺麗!」という声より「大きいね」という声のほうが多いようだったのは、可哀想だったな。
披露宴で、お兄さんが「妹に捧げる歌」というのを作り、弟さんのギターで歌うのは、感動もので拍手喝采だった。
新郎側としても何かしなくては・・・我が実家には、そんな芸達者などいない。で、急遽白羽の矢が立ったのが、私の夫だった。
一応社会人だもの、断って場を白けさせるようなことはしない。マイクを持って歌い始めた・・・何を考えたのか、え?谷村新司の「昴」!??
♪あぁ 砕け散る宿命の星たちよ
♪せめて鮮やかにその身を終われよ
あのさ、お祝いの席なんだよ。
本人も、歌っていて、まずいと思ったのか、汗だくで、どうにか歌い終わり・・・、以来、我が実家では、夫の前では「昴」は禁句となった。
せめて、「結婚しようよ」くらい歌えなかったんだろうか。
お通夜だというのに、姉、私、妹が揃うと、どうしても賑やかになってしまう。受付で、久しぶりに弟の子供たちに会って、感動のご対面のような挨拶をし、初めて見る弟の孫に、「わー、そっくり!」と声を上げ、不謹慎でごめんなさい。
ただ、すっかり白髪になったクミちゃんのお母さんが、私達3人が並んでお焼香するのを見て、少しうれしそうに頭を下げてくれたのに、私は気づいた。いろいろな事情もあり、心配もしていたのでしょう。決して楽ではない生活、胸を痛めることも多かったに違いない。
大丈夫、私達三人は・・・妹は決別するような形で家を出てしまったけど・・・ちゃんと、クミちゃんを大事に思っているよ。
お葬式に行く。それは、義理でもなんでもなく、残された者達が、心に火を灯すためなのだと思う。
弟の娘、つまり姪は、もう10何年も会っていなかったのだと思う。「電話の声が、ちっちゃい姉ちゃんそっくりなんだよ」と苦笑していたけれど(悪かったわね!)、実際会ったら、私に少し似ていた・・・
それにしても大船駅!40年ぶりに降り立った大船は、別世界に迷い込んだのかと思うほど、大きくなっていた。ルミネがある!昔は、駅の売店で、鯵の押し寿司「あじさい弁当」くらいしか売っていなかった。
結婚して、夫と住んだ大船は、反対側、観音様の方だったけど・・・何があったんだろう。まだ小さかった長男と、駅でひと休憩するハンバーガー店、「ドムドム」という名前で、マイナーだったなぁ・・・
「大船は東海道線、横須賀線、両方止まるんだ」というのが、夫の自慢だったけど、なに、あのホームの数!どこから乗っていいのかわからないじゃないの。