4年前、加藤神社から熊本城修復の様子を眺めていた。お城が見えたわけじゃない。クレーン車を遠目に見ていただけなのだけど、お城を目の当たりにしていたような錯覚を覚えていた。
加藤神社まで登る坂道の左手には、崩れた石垣も見えたのではなかったかしら?
初めての熊本。お城を見たこともなかった。
なのに、自分が大事にしていたものを崩されてしまったような気持ちがしたのはなぜなんだろう。
こちらでも、ごくたまにやる熊本城修復のニュースが、なにか、嬉しかった。
災害って、所詮、他人事です。
これまで何度台風や水害、災害のニュースに接したことだろう。その度に、大変だの、気の毒だの、一応のことは口にするのだけど、すぐに次のニュースん関心が移ってしまい・・例えば、広島の土砂崩れ、何時何処のことだったかさえ、忘れてる。
東北の震災は、夫の実家があるだけに、他人事では済まされなかったけど、逆に、災害そのものより、親戚とのあれこれの方が心に重かったりした。
まさか、熊本で地震?
阿蘇の牧場の乳製品を頂いたことがある。牛乳もアイスクリームも濃くて美味しかったなぁ・・何度か話題にもなった西原村は、そのあたりじゃなかったかしら?
娘から孫の七五三のお祝いに呼ばれたとき、夫ももういないのだし、九州ついでにちょっと熊本に行ってみようか、と思った。テレビで見た震災の様子、その後の様子。
外から見た人は、なんであんな重い屋根瓦、とか、水の蓄えもないのか、とか、避難所に入らず車の中で過ごすのを非難したり、勝手なことを言うけれど、そこにはそこの事情というものがある
私も熊本の事情に詳しいわけではないし、特に応援するということもなく、義援金も出さない勝手な人間だけれど、災害を受けた土地を悪く言うなんて。
その土地に行ってみる、バスに乗ったり、ホテルに泊まったり、食べたかった物を食べたり・・私は、そっちを選ぼう。
そして、今回。
もう一度行くことに決めて、あれこれ見ていたら、天守閣の見学が、コロナで中止になっていたのを、10月1日から再開するというニュースが・・ラッキー!すぐに見学のWEB予約をしました。
お城見たかったんです。
あの時、遠くから眺めていたクレーン車の先にあったものが、美しい姿を見せてくれるんです。
前の日の夕方。市役所14階から見た熊本城。
生憎の空模様でしたが。
係りのおじさんが、「見てやって下さい」とうれしそうだった。帰り、エレベーターまで送ってくれて、「ありがとうございます」って。
市役所、良い所にあるね。役所があって、市電が通って、お城がある。誰でも自由に14階まで行ってお城を見ることが出来る。それが熊本市。
天守閣見学は、朝9時からの予約でした。順番に入っていいのかと思ったら「暫くお待ちください。
待っていると、武将の格好をした人が3人登場して、入門の儀式ですって。諸注意が始まる。マスク着用。鼻あて、と言い直した!ソーシャルディスタンス、これは言い換えないのね。
エイエイオーッ!と拳を上げて、いざ!変なの。でも、ふふ、と笑って私もエイエイオーッ!
入ったあとは、もう自由。めいめい好きに見て回ります。
熊本城の歴史。へーっと驚き、感心もします。
すごいんだ。加藤清正。熊本城の石垣。一つ一つが勉強になる・・・すぐに忘れるんだけどT_T
西南戦争のあたりに一部焼失した熊本城が、83年の時を経て1960年に天守閣が再建される。60年て・・安保の年だ。
当時、こういうニュースも流れたんだろうか。何も知らない・・・
それ以後も定期的な修理が行われ、平成元年に宇土櫓の保存修理・・あの櫓? 積み重ねてきた修理と復元。それが、あの平成26年(2016)の震災で崩れてしまうのね。
当時の被害の状況、天守閣復旧のあゆみ。
私は、それを見ただけでも来た甲斐があるように思った。
今はエレベーターも備えられ、バリアフリーで、誰でも最上階からの眺めを楽しめる・・・ほんとそうだ。
生憎の雨模様。
それでも時折覗く太陽。
あーあ、私も写真上手なら良かったのに。
中央の四角い建物が市役所。
遠くには山々も見える。何の山?
このあとは、歩けそうだったら坪井川沿いに歩いて、疲れるなら市電に乗って、洗馬橋、新町・古町、あたりを散策しようと思っていました。さっき、加藤清正の城下町の作り方を見て、また興味が沸いたし、最初は別の場所にお城があったというのを知って、古城公園にも行きたくなったし。
雨は、それほど強くもなく、昼過ぎには止みそう・・・
だけど、市電乗り場まで階段を下りて行く自分の足元、なにかおぼつかない・・踏み外しそうで怖い。
私、大丈夫かなぁ、歩けるかなぁ・・
金曜日の軽い怪我とは別に、ずっと体調はあまり良くなかったのです。
医師に言わせれば「みんなそう」「運動不足」「老化」「多少の不整脈は当たり前」ということなのだけど、少し頑張って家事をしたあと、食事のあと、横にならないと持たない。
頭がボーッとしたり、フラフラしたり、気持ち悪くなったり、外出のあとは、いつも少し寝る。何度も横になりながら一日を過ごす。
でも、サークルの時などはシャンとするから、旅行の時はシャンとしていられるかと思った。単なる怠け病なのは確か。気分が変わったら元気いっぱいで過ごせるのだろと。
甘かったかな。
お天気こんなだし。傘さして、知らない街で、家や店を探して見て回る、出来るかな。
横になりたい・・・ホテルはチエックアウトしちゃったし、教えてもらったお茶の飲める店は、まだまだ開店しない。いっそ、このまま駅まで行って、列車に乗って阿蘇まで行ってしまおうか。列車の中で寝る、とか。
時間を見る。まだ10時前だ。
その日は、阿蘇に泊まる予定でした。もう一度行きたかった草千里はパスして、熊本市内をゆっくり散策してから、阿蘇に行くつもりにしていました。前回、行かれなかった場所、町、教えてもらったのに行かなかった店・・宿題が残っていたから。
だけど、宿題、また今度でいーい?私、ただ、ぼーっと座っていたい。動き回りたくない。
きっと阿蘇に着いたらお天気だ。
せっかくの雨上がりをバスや列車の中で過ごすなら、雨降りの今のうち移動して、向こうでお天気を迎えるのが得じゃない?
何、計算高いことしてるんでしょ。
申し訳ないと思いながら、私は預けてあった荷物を受け取り、駅に向かう。
2度目の駅だもの、もう迷わないよ^^ なんだけどね。乗車券の買い方が^^; 女性の係員さんが一人一人丁寧にサポートしてる。
私もちょっと聞いてみる。「特急券も一緒に買わないとダメですよね。」「一緒にやりましょう。」なんて親切なんだろう。
PASMOを取り出す。と、「すみません。それは阿蘇までは使えないんです」いっぱい入金してきたのにな。
一緒に操作してもらってよかった。自分でしていたら、PASMOが戻ってきたと慌てるところだった。
今はなんでも機械化されて楽なんだけど、私でさえ?まごつくんだもの、初めてその機械に接する年寄りは大変だ。こんなふうに親切に補助する係員さん、東京には、あまりいないような。
特急が出るまで、時間がたっぷり。動きたくないはずなのに「肥後よかモン市場」で、お土産見たり、ホテルでの夕食用にお弁当買ったり、お酒まで店員さんと相談して300mlの冷酒買ったり、
そうだ!気になっていた海鮮丼も食べてしまおう。・・ほんと、現金なんだから。
ご飯を半分にして下さい、と言うのを忘れていた。
店員さんが「タレです」と小瓶を持ってくる。「お醤油じゃなくて?」「タレです」
わさびを入れて溶いて、それをかける・・・。
九州のお醤油って甘いんですよね。初めて食べたとき、お刺身に甘い醤油というのがピンと来なくて、その時一緒だった娘の義理のお父さんにあたる人が、奥さんに、普通の醤油!と偉そうに注文付けていたのを思い出す。
定員さんに頼もうとするのを、普通のお醤油もありますよ、と調味料入れから取り出して渡した覚えがある。もう!なんでも奥さんに言えばいいと思って。ちゃんと食卓に乗っているじゃない。自分で探せ!
夫だったら、人前で偉そうにしない、外面良い人だったからね。九州のお醤油知ってたし。
あら?美味しい!かき混ぜたご飯が美味しい。これは生醤油では出せない味。お刺身がこりっとしている。新鮮なんだぁ・・
天草に行ったのに、天草の新鮮なお魚、食べていないもんね。ここで食べられて良かった!
食事をしたら、また、頭がぼぅーとしてくる。大丈夫、汽車の中で寝るから。
うつらうつらして、時折外を見ると、空が明るくなっている。
復興支援ありがとうの看板があちこちに立っているのが、窓から見える。豊肥線、全線開通のお礼看板もある。
そうなんだ・・この辺、被害大きかったものね。
肥後大津で列車はスイッチバックした。次の駅までの勾配がきつく、そうしないと登れないのだそう。
阿蘇駅について、思い切りの青空に深呼吸する。
10分ほどでバスが来る。草千里ヶ浜の先は、中岳の噴火で通行止めになっていているけれど、私は草千里にさえ行ければ。
重い荷物を急いでコインロッカーに入れる。うっ!100円玉しか使えないんだって。500円玉ダメなんだ。駅員さんに「これ両替してもらえますか?」
あっさりと、はい、100円玉にしてくれた。「両替は出来ません」そんなこと言わないんだ・・。
4年前、私は何度この阿蘇駅でバスを待ったろう。バスでしか移動できないことが多かったから。
あの時、眺めていた噴水はもうない。確か牛だったと思うけれど、今はなんとかいう像が建っていた。向こうに見える「道の駅」は、変わらないかな。帰りに寄ってみよう。
さぁ、バスが来た。くまモンのシートがかかっている。すっかり観光バスだ。あの時のおじさんが運転しているわけはない。
あの時と同じ、乗客は二人だったけど。