奥の家のご主人が亡くなった。
ある日、「奥さん」、上の方から声がする。
顔をあげると、優しそうな年配の男の人が「その蔓、こっちから切ってもいいかね」
お隣りというのではない。ぐるっと回らないと、その家には行けないのだけど、うちの塀とそのお宅のフェンスが、少し接していて、うちの羽衣ジャミンの蔓が侵入している。
菊や薔薇や丹精込めた花が綺麗に咲いている庭。さぞかし迷惑だろうと恐縮すると、「いやいや・・」
「前に住んでいた人にも頼んで、切らせてもらっていたんですよ」
チョキチョキと器用にハサミを入れて行く様子は、迷惑というより楽しそうで、それからは、伸びすぎないよう、私も気を付けて切っていたのだけど、うっかり、「あ!しばらく切ってない!」慌てて庭に出るといつの間にか綺麗に、といって切りすぎもせず、羽衣ジャスミンらしさのまま刈っていて下さっていた。
「おはようございます」
時々だけれど、朝、挨拶をした。
「猫ちゃん、最近見ないけど?」
息子の部屋の出窓から外を眺めるうちのジーナを、楽しみに見ていたのだそう。
子猫の時は、息子の部屋で飼っていたのだけど、だんだんに出すようにしたら、最近は、下の部屋にいるようになって、あまり2階には行かないんです。
可愛いよねぇ~。あまり見かけなくなったのを残念そうに、「おはようございます」のあとは、必ず「猫ちゃん元気?」
会話といったらそれだけだ。
「すみません、いつも切って頂いて。」
「猫ちゃん、元気?」
「最近は、一階のベランダから外を眺めて・・・」、近況報告すると、目を細めてニコニコと。
ほんの数分。
奥さまがいらっしゃるのはわかる。あと、どんなご家族がいらっしゃるのか、年齢もなにも知らない。
最近見ないなぁ、と思っていた。
夏は、私も体調悪かったし。
回覧板で訃報が回ってきたとき、すぐにはわからなかった。
あれ?2,3度読み返して、ようやく気付く。
あの「猫ちゃん元気?」のおじさんだ!
80才・・・80才だったんだ・・・70代かと思っていた。
しとしとしとしと雨が降る。
羽衣ジャスミンの葉が揺れる。
6月になると、白い花をつけ、良い香り、というよりちょっと臭いのよね。
どんどんやたら伸びて、邪魔なんだけど、秋でも冬でも緑色の細かな葉が、良い目隠しになってくれて、私は好きで、バッサリ切ってしまう気にはなれなくて・・・だから、ごめんなさい。よく侵入して。
会話する人が、また一人いなくなっちゃった。