簡単な手術であったし、経過も順調。どうということはないけれど、首に負担がかかるようなことはいけない、美容院も歯医者も一ヶ月くらいは避けた方が、自転車も左右の確認がきちんと取れるまでは・・・あれこれ注意事項があると、なるべく家で静かにしていよう、一番静かな刺繍でも、ということになる。
2年以上も前に取り掛かったものの、放り出してあった「母と娘」(私が勝手に題をつけた)のクロスステッチを再開することにする。
1センチに6.5目、ちょっと細かい。色は38色くらい。スカートの部分は、かすかに色の違う紺を延々・・・少し飽きていたのよね。始めてみれば面白いんだけど。
クロスステッチというのは図案を写さないでしょ。何もない生地に刺して行くと模様が浮かんでくる。左右上下に刺して行ったものがピタッと合った時の快感。
逆に、どこかで一目でも間違うと、合わなくなって、問題の箇所を探りあて、ほどく羽目になってしまうのだけど。刺繍をほどく、って、刺すより手間がかかる。こんなふうに細かいと、ほどく糸がすっと出てこない。
生地も糸も傷むしね。傷んだ糸は取り替えればいいけど、生地はそうはいかない。だから私は鉛筆で印をつけながら進めていくのだけど、それでもなぜか、あれ?ここ間違っている、ということが、たまにある。
誤魔化すこともあるけれど、こんなふうに大きな図案だと、どこにまた影響するかわからないので、なるべく図案どおりに。
同じ糸で効率よく刺してゆくには、一筆書きのように進めるには・・・図案とにらめっこしてから、次に進む。なぜか、こういうこと、好きみたい。
図案だけ買って、寸法割り出し、布を選び、図案をコピーして色分けしたものから、目数を数え・・・大雑把に色の面積でこのくらいかな、と・・必要な糸の本数を割り出す。有難いことに、500とか1200とか目数入れると必要な刺繍糸の束数を出してくれるサイトがあった。
そんなふうに材料揃えたので、ちょっと愛着もある。飽きた、なんて言わずに、仕上げないとね。
他にも仕上がりを待っている物がいくつもある^^;
刺繍をしながら拓郎のラジオを聴いた。4月22日放送分だ。「至福」というなら、まさにその時。
こんなふうに幸せなひと時を、私は、なぜか、避けていたんだよね。拓郎が一人で語り、好きな曲をかけてくれて・・・そういう番組、ずっと待っていたのに、何が気に入らなかったんだろう。
理由はわかっているんだ。一言で言えば「嫉妬」かな^^
余計なことは考えない。余分なものは切り捨てよう。私がその時、いいと思ったことだけ気持ちに残しておけばいい。ハワイ、拓郎が嬉しそうならいいじゃない。ハワイに思うあれこれ、嫌だったことなんて、どうでもいい。
「メールを待っています」・・・誰が投稿しよと、読まれようと、いいじゃんね。みんなが楽しそうに参加しようと、私がそこから外れていようと、刺繍をしながら拓郎の声を聴く、それで十分。私はこれからも投稿しないだろうし・・・ラジオ主催の小さなライブがあるなら、行きたいけどさ。
「季節の花」に移ったり引用したりしたフレーズもあるというテープをかけてくれていた。
「午前中に・・・」発売当初から、私が一番に「好きだ!」と思っていた「季節の花」。どこかどう繋がるのか、私には一度聴いただけでは、よくわからないけれど、90年?随分前なんだね、拓郎がこういう曲を書いていたことがうれしい。
イラクがクウェート・・・なのにうちの奥さんは寝ている・・・設定が「白い一日」じゃん、と突っ込みたくなったけど。
「季節の花」の最初にヘリコプターが出てくるでしょう。ヘリコプターって、何か平和な日常を打ち破る不穏な雰囲気あるんだよね。例えば、森田芳光監督の映画「家族ゲーム」のように。暗示的な。
もしかしたら、クゥエート繋がりかな、なんて思っちゃった。
「季節の花」の前奏は、私には、少し怖いの・・・。
また雨が降り また風が吹き
またウソをつき また夢を見る
・・・
また背伸びして また立ち止まり
またほほえんで また口ずさむ
・・・
口笛を吹きながら小雨の中を歩き出すようなここが勿論好きなんだけど、少し暗い、問題ありげなような初めの演奏も好きなんだ。
で、突然、思いは「06つま恋」に飛ぶ。
あの時、ヘリコプーターが飛んでいたよね。「あ!ヘリコプターだ!」みんなで真っ青な空を眩しく見上げたっけ。
どこまでも青く、どこまでも明るい空に浮かぶヘリコプターは、なんだか嬉しかったよね、誇らしかったよね。私たちは大きな歴史の中にいるんだ。これから行われる大きなイベントの参加者=当事者なんだ、って。
見ていてね。いっぱいニュースで取り上げてね・・・幸せの象徴のようなヘリコプターもあるのでした。
こんなことばかり思っているから、肝心の拓郎のギターの上手さとか、ボーカルの素敵さ、忘れてしまっている^^;
一時間、あっという間だった。
拓郎を聴いてると、昔は手が止まってしまったものだけど、そんなこともなく、刺繍ははかどり、サラサラと放送聴いた。番組が終わって、訪れる静寂に、なぜかホッとする。寂しいのでなく、ホッ。
休憩に下に降りてゆき、テレビをつけて、コーヒーを飲み、お菓子を一つ。
さー、もう少し刺繍しようかな。また部屋に戻る。29日の放送も聴こうか。
コンサートの終わりに「夏の日の恋」がかかるようになったのは、いつの頃からだったんだろう。あれがかかると、帰らなきゃ、と思う。じっくり聴くなんてことできないよ。「客出し」だもの、座って聞いていようものなら、叱られそう。
急いで席を立ち、後ろ髪を引かれつつ、速走で会場を後にする。
「06つま恋」でも、「夏の日の恋」をかけたかった・・・わかるのだけど、吉田拓郎とかぐや姫のコンサートだったんだもの、仕方ないじゃん、と思ってしまう。拓郎の思い描くものとは違ってしまった部分もあるかもしれないけど、いいコンサートだったもの。
いつかまた野外で、「夏の日の恋」を聴く日が来るのかどうかはわからないけど、夢として待っていよう。
ビリーヴォーン・オーケストラ、単純に懐かしい!
子供の頃、家に、幌馬車の置物があったのね。木彫りで、幌の部分は革みたいな布だったかな。狭いリビングに作られていたインチキ暖炉。周りはタイル張りで、くり抜かれた中にはガスストーブが入っていた。上は飾り物を置く台になっていて、お人形とか、その幌馬車とか。母のことだからそのうち雑誌だの、頂き物のお菓子だの置くようになってしまうんだけど。
その幌馬車は、オルゴールになっていて、曲は「峠の幌馬車」・・ではなかったっけ。話、出来過ぎか。
「星を求めて」も、なんだか懐かしい。インストが流行っていた、という拓郎の話はよくわかる。少し後の時代だけど、ポールモーリアなんか、ヒットチャート賑わしていて、よく聴いた。
まー、こうやって聴けばいいんじゃない?
思うこと。「聴く前に読むのはやめよう!」
デモテープは、嬉しいのかもしれないけど、私は、そんなに欲しくない。終活みたいなこと、望んでいない。くれるなら、血気盛んだった頃に欲しかったなぁ。
これを、どこに書こうか迷ったけど、メインは刺繍だもの、こっちにした。
刺繍をし過ぎると、目も肩も疲れて、吐き気がする時ある。そこまでやらなくても、と思うけど、「やめられない、止まらない」
明日は、久しぶりの体操サークルだ。
